宮城学院女子大学学芸学部教授
友野 隆成TAKANARI TOMONO
略歴
同志社大学大学院文学研究科修了,博士(心理学)。専門はパーソナリティ心理学。2010 年より宮城学院女子大学学芸学部准教授を経て,2018年より現職。主な著書として,『あいまいさへの非寛容と精神的健康の心理学』(ナカニシヤ出版,2017年),『パーソナリティ心理学入門』(共著,ナカニシヤ出版,2018年),『パーソナリティと感情の心理学』(共著,サイエンス社,2017年)など。
1.はじめに
本稿は,筆者が所属する宮城学院女子大学学芸学部心理行動科学科で開講されている「心理学実践セミナー」の授業において,筆者担当クラスでこれまで実施されてきた義援金募集活動と,それに伴う実践的な心理学研究に基づいて執筆されたものである。
当該科目は,本学科のモットーである「心理学は,机の上だけでは学べない。」を文字通り“実践”する,1年次配当の必修科目である。具体的には,受講生は3名の担当教員の中から自分の興味・関心のあるクラスを選択し,テーマの選定からデータの収集,分析,結果の整理,発表資料作成,そして研究発表を,他の受講生や教員とともに1年間かけて行うものである。研究発表は,毎年11月23日(祝)に開催されている学科主催のイベントにおいて,一般に向けてポスター発表の形式で行われている。
2.テーマ選定の経緯
筆者は,2011年度から2018年度まで継続して当該科目を担当してきた。通常,テーマは受講生と担当教員の裁量で自由に設定されているが,東日本大震災発災直後であった2011年度は全てのクラスで共通して東日本大震災に関するテーマを扱うこととなった。そこで,筆者は受講生と議論を重ねた末に,“持続可能な被災地支援”をスローガンに掲げ,義援金寄付行動を具体的な検討材料とした心理学的実践研究を行うこととした。因みに,筆者の専門はパーソナリティ心理学だが,このテーマは全くの門外漢ということもあり,受講生とともに一からのスタートとなった。
「心理学実践セミナー」で取り上げられたテーマに関する活動は,受講生が毎年異なることからも,単年度で完結することが一般的となっている。しかし,筆者担当クラスでは上述のように“持続可能な被災地支援”を標榜しており, 2011年度の授業内で継続的な活動の必要性が確認され,以後それぞれの年度の初回にこれまでの経過を確認し,活動を継続することを決定している。2022年度現在,筆者は当該科目を担当していないが,ここまで述べてきたことを踏まえて2018年度まで活動を継続してきた。実際に活動する受講生の顔ぶれは毎年異なるため,活動としては年度毎に独立したものとなってはいるが,過去に実施された企画を踏襲しつつ,受講生同士のディスカッションで決定された新たな企画が毎年実施されてきた。そこで,本稿では2011年度から2018年度までの約8年間で実施されたものの中から2つの活動をピックアップして報告する。
3.活動の概略
本活動は,実施した全ての年度において,筆者担当クラスを受講する約20名前後のメンバーをさらに3つか4つのチームに分け,心理学的な要素を加えた義援金の募集方法をチームごとに考案してきた。考案されてきた募集方法は,大別すると,①「仮装(着ぐるみ・平服の場合も有)して,会場内を練り歩きながら義援金を集める。」②「タイプの異なる2種類の募金箱を設置して,義援金を集める。」③「人形・コインアート・巨大募金箱等,インパクトのある仕掛けを施して義援金を集める。」④「写真・掲示等を作成して,地道に義援金を集める。」の4パターンに分類することができる。
そして,毎年10月に開催される宮城学院女子大学大学祭で,上記に示した募集方法のいずれかに基づいた義援金募集活動を行い,寄付していただいた方々に簡便な調査への回答を依頼し,得られた回答を集計・分析・解釈し,全チームの合計で約10枚程度のポスターを作成し,さきに述べた学科主催のイベントで発表を行ってきた。なお,活動を通じて集まった義援金は,各自治体などに全額寄付してきた。
4.掲示物および被災地支援経験の有無の効果についての検討
まず,2015年度に実施された活動の中から,被災地の情報が掲載された掲示物を掲示することが研究協力者の義援金寄付行動にどのような影響を及ぼすか検討したもの(友野,2016)の一部を紹介する。ここでは,この活動を考案・担当した受講生のチームとの議論を踏まえ,研究協力者自身の過去の被災地支援経験の有無の影響も加味している。
2014年度に実施された活動のうちの1つにおいて,被災地に関する情報の掲示が,東日本大震災に関する義援金寄付を促す可能性があることが示されている(友野,2015)。一方,本活動を継続してきた中で,被害が大きい割に岩手県が被災三県の中で義援金配分が相対的に少ないということが,常に義援金の寄付先を検討する際に議論の遡上にのぼってきていた。そこで,この活動では岩手県に着目し,岩手県に特化した被災地情報の掲示の有無によって寄付される義援金額に違いがみられるか,また,研究協力者が過去に何らかの被災地支援の経験が有るか否かによっても寄付される義援金額に違いがみられるかを検討した。
2015年度の活動における研究協力者は,2015年10月中旬開催の宮城学院女子大学2015年度大学祭来場者であった。2015年度は2日間でトータル12時間の活動を行ったが,そのうち,ここで報告する掲示物および被災地支援経験有無の効果を検討するために条件設定された時間帯の計4時間(具体的な条件設定は,次の段落の記述を参照)に義援金を寄付し,かつアンケートに回答した68名(女性48名, 男性20名; 平均年齢=20.62歳, SD=7.14歳)が分析対象となった。
具体的な研究方法であるが,宮城学院女子大学大学祭開催中の建物内廊下のスペースに,募金箱および掲示物を設置し,①「特に何も掲示しない条件(以後,掲示物無条件とする)」,若しくは②「岩手県の復興状況と,寄付していただいた義援金はすべて岩手県に寄付される旨を,ポスターを用いて掲示した条件(以後,掲示物有条件とする)」の2条件を,2日間でそれぞれ1時間ずつ,計4時間実施した。一般的な義援金募集活動と同様に,実験者である受講生たちは大学祭来場者に任意の金額を募金箱に投入してもらうように声掛けを実施した。そして,同意が得られた研究協力者に対し,性別,年齢,職業,出身地,義援金寄付の動機,寄付した募金額,被災地支援の活動経験の有無,感想を,アンケート用紙に記入する形式によって求めた。
調査協力者自身の被災地支援の活動経験の有無および被災地情報の掲示物の有無によって,申告された募金額の平均に差異がみられるかどうか検討するために,二元配置分散分析を行った。その結果,1%水準で交互作用が有意であった(F(1, 64)=7.67, p<.01)。単純主効果検定の結果,掲示物無条件において,被災地支援の活動経験の有群と無群との間に1%水準で有意差が認められ,被災地支援活動経験無群(33.46円)よりも有群(130円)の方が,申告された募金額が多かった。しかし,掲示物有条件においては両群の間(無群:58.31円;有群:40.48円)に有意差は認められなかった。一方,被災地支援活動経験有群において,掲示物無条件と有条件の間に1%水準で有意差が認められ,掲示物有条件(40.48円)よりも無条件(130円)の方が,申告募金額が多かった。しかし,被災地支援活動経験無群においては,2つの条件間(無条件:33.46円;有条件:58.31円)に有意差は認められなかった(図も参照)。
以上のことから,被災地支援活動経験者に対しては,被災地の情報を掲示するよりも寧ろ何も掲示しない方が寄付を促進する可能性があることが示された。そして,今回掲示した掲示物の内容は岩手県に限定された情報であり,寄付先も多くの研究協力者の出身地である宮城県とは異なっていたため,そのことが却って寄付を抑制してしまったのかもしれない。これらのことを踏まえると,寄付していただけそうな方々の特性を事前にリサーチし,それに対応した情報を取捨選択して掲示物を作成することが重要であるように思われる。
5.東日本大震災と熊本地震の比較
続いて,2016年度に実施された活動の中から,東日本大震災と熊本地震という2つの震災に対して,研究協力者はどちらにより寄付しやすいのか検討したもの(友野,2017)の一部を再分析したものを紹介する。この活動では,地震発生から時間が経過しているが義援金募集活動を実施した会場から距離が近い宮城県と,地震発生からあまり時間が経過していないが義援金募集活動を実施した会場から距離が遠い熊本県に対して,どちらがより多くの義援金が寄付されるのかを検討した。
2016年度の活動における研究協力者は,2016年10月中旬開催の宮城学院女子大学2016年度大学祭来場者であった。2016年度も2015年度同様2日間でトータル12時間の活動を行ったが,そのうち,ここで報告する宮城県宛の募金箱と熊本県宛の募金箱を同時に配置した際にどちらの募金箱により多くの義援金が寄付されたかを検討するために条件設定された時間帯の計4時間に義援金を寄付し,かつアンケートに回答した49名(女性38名,男性9名,不明2名; 平均年齢=25.71歳, SD=11.97歳)が分析対象となった。
具体的な研究方法であるが,宮城学院女子大学大学祭開催中の建物内廊下のスペースに,宮城県宛の募金箱と熊本県宛の募金箱を2つ同時に設置し,2日間でそれぞれ2時間ずつ,計4時間義援金募集活動を行った。こちらも一般的な義援金募集活動と同様,実験者である受講生たちは大学祭来場者に任意の金額を募金箱に投入してもらうように声掛けを実施した。そして,同意が得られた研究協力者に対し,性別,年齢,職業,出身地,義援金寄付の動機,宮城県宛の募金箱と熊本県宛の募金箱のどちらに募金を投入したかとその理由,寄付先ごとの募金額,東日本大震災と熊本地震の発災日がそれぞれいつだったかの記憶,感想を,アンケート用紙に記入する形式によって求めた。
寄付先によって,申告された募金額の平均に差異がみられるかどうか検討するために,対応のないt検定と対応のあるt検定を行った。その際,申告された募金額に欠損値が認められた研究協力者のデータ(3名が未記入であった)を分析から除外した。この活動では,宮城県宛の募金箱と熊本県宛の募金箱のどちらか一方のみに寄付することを求めなかったため,どちらか一方のみに寄付した研究協力者と,両方に寄付した研究協力者が混在することとなった。そこで,前者のデータには対応のないt検定を,後者のデータには対応のあるt検定をそれぞれ実施した。
対応のないt検定の結果,寄付先の間で申告された募金額に有意差はみられなかった(t(25)=1.13, n.s.)。宮城県宛の寄付の平均は68.33円,熊本県宛の寄付の平均は50.17円であった。一方,対応のあるt検定の結果,こちらも寄付先の間で申告された募金額に有意差はみられなかった(t(18)=0.43, n.s.)。宮城県宛の寄付の平均は48.42円,熊本県宛の寄付の平均は48.74円であった。
以上のことから,宮城県宛と熊本県宛とで,寄付される金額に違いがみられないことが示された。この活動では,宮城県宛の募金箱と熊本県宛の募金箱を両方同時に設置したことが,研究協力者にどのようにお金を募金箱に投入すればよいのかを悩ませ,結果として差が認められなかった可能性が考えられる。よって,宮城県宛のみ,熊本県宛のみというように,同じ時間帯にはどちらか一方の募金箱のみを設置するという条件を設定し,研究協力者の認知負荷を低減させたうえで募金額を比較する必要性が示唆される。
6.まとめ
その他,紙幅の関係で本稿では紹介できなかった活動において,オーソドックスな義援金募集活動および活動母体との縁の有無 (友野, 2012),義援金募集活動の継続性の認識および性別 (友野, 2013),時間経過による意識の変化および性別(友野,2014)が,それぞれ募金額に影響を与えることが示唆されている。本稿で報告した活動によって得られた知見も踏まえると,義援金募集活動を行う際には,ただやみくもに活動するのではなく,寄付をしていただける可能性のある方々の特性を可能な範囲で把握し,それに即した募金箱の設置や情報提示などのちょっとした工夫が重要であると言えよう。これらのことは,復興のための“持続可能な被災地支援”の一助となるように思われる。
本活動で実施された研究はいずれも仮想場面が設定された場面想定法ではなく,実際に義援金募集活動を行いながらデータ収集を行ったため,現実的な場面により近いという意味で意義のあるものであると言えよう。その一方で,実施環境が地方女子大学の大学祭という非常に特殊な状況であり,さらには1年次配当の必修科目の枠組内での実施であり,学科主催のイベントが開催される11月23日(祝)までに全ての活動を完結させねばならない時間的制約という縛りもあったため,異なる環境下で同様の活動を行った場合の普遍性を保証できない。また,申告された募金額は実際に投入された募金額を必ずしも正確に反映しているものではない(e.g. 見栄を張って多めに申告する,小銭を適当に入れたため正確な金額を覚えていない,など)。このように,本活動で実施された研究には結果の一般化を阻むさまざまな問題点が残されている。今後,本活動で実施された研究で得られた知見を踏まえた,より普遍的な検討が望まれる。
7.文献
友野 隆成(2017). 義援金寄付行動に関する探索的研究(6)-東日本大震災と熊本地震の比較- 日本心理学会第81回大会発表論文集, 130.
友野 隆成(2016). 義援金寄付行動に関する探索的研究(5)-掲示物および被災地支援経験の有無の効果についての検討- 日本教育心理学会第58回総会発表論文集, 625.
友野 隆成(2015). 義援金寄付行動に関する探索的研究(4)-掲示物の効果についての検討- 日本心理学会第79回大会発表論文集, 189.
友野 隆成(2014). 義援金寄付行動に関する探索的研究(3)-性差と義援金寄付に対する意識の変化についての検討- 日本心理学会第78回大会発表論文集, 253.
友野 隆成(2013). 義援金寄付行動に関する探索的研究(2)-活動継続の意義について- 日本心理学会第77回大会発表論文集, 184.
友野 隆成(2012). 義援金寄付行動に関する探索的研究 日本心理学会第76回大会発表論文集, 180.
8.注記
本稿で報告した2つの研究は,日本心理学会第5回“東日本大震災からの復興のための実践活動及び研究”助成の補助を受けた。