名古屋学院大学現代社会学部准教授
中島 誠MAKOTO NAKAJIMA
略歴
名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士後期課程修了・博士(心理学)。三重大学高等教育創造開発センター准教授などを経て2015年4月より名古屋学院大学現代社会学部就任。専門は社会心理学。静岡県出身。
1.はじめに
寄付の利点は、社会保障の充実や研究開発の推進のような社会的側面のみならず、寄付者が幸福を感じたり社会とつながることで適応感が促進されるといった個人的側面まで多岐にわたります。そして、この寄付行動が日本において低調であることが繰り返し指摘されています(例:Charities Aid Foundation(2021)の報告では、日本の寄付の順位は114の国の中で107位です。同報告の2022年度版では103位となっています。こうした実態は過去に掲載されたレポートに詳しいので割愛します)。
将来にわたり住みよい社会を維持していくためには、寄付を活性化する方法について考えることは有益だと思います。本報告では、著者が心理学の立場から寄付の実態と動機について調べる目的で実施した2018年の調査研究の結果を紹介します。このレポートが寄付と私たちの関係を考えるきっかけとなれば嬉しく思います。
2. 寄付の多様性
ところで、日本人は本当に寄付をしていないのでしょうか?読者の皆様は寄付から何をイメージしますか?街頭募金、お賽銭、募金付き商品、ヘアドネーション、開発支援のクラウドファンディング、ふるさと納税、有名人の巨額寄付、遺贈寄付・・・。ちなみに、寄付の定義については日本ファンドレイジング協会(2021)に以下のように記されています。
「自分自身や家族のためではなく、募金活動や社会貢献などを行っている人や団体に対して、金銭や金銭以外の物品(衣料品、食料品、医療品、日用品、クレジットカードのポイント、不動産など)を自発的に提供する行為」
(寄付白書2021(日本ファンドレイジング協会,2021))
このように定義しても心理的な面では中々割り切れない部分がありそうです。例えば、寄付では相手のことを思う気持ちと自分の利益を考える気持ちが同時に湧くと思いますので、「自分自身のためではない」という点で返礼品や金銭的見返り(税金控除)がある寄付を「寄付」として良いか疑問があります。また「自発性」について、日本で初等中等教育を受けた人たちはおそらく「赤い羽根」に募金したことがあるでしょう。著者も年に数回、小学生の息子に集金されます。この募金は町内会単位でも(おそらく無自覚的に)集められます。これらの「自発性」はグレーな部分があります。そうはいっても、今日では至る所に寄付の機会がありますので、実質的に金銭提供経験者数という意味での寄付経験者と寄付額はかなりの数字になるはずです。また、例えば、東日本大震災では例年の2倍の個人寄付が寄せられ、近年では寄付市場も拡大しています。さらに、寄付研究は個人寄付を対象にすることが多いですが、法人寄付額に目を向けると他国と比較して少なくはありません。それなのに、国際比較で「日本人の寄付は世界最低レベルだ」と表現されると、いくらか誤解があるのではないかと思います。このように、現代では「寄付」の種類も方法も管理組織も多岐にわたっており、実態を把握するのが困難です。「寄付」について語るのであれば、どんな「寄付」か自覚しておかないと誤解が生まれると思います。
寄付について、寄付白書(2021)は、表1のように分類しています。そして、このレポートで報告される研究はカテゴリ1における金銭的寄付を対象としたものです。寄付動機の多くの部分が「付き合いとして」で説明できるカテゴリ2と「返礼目当て」で説明できるカテゴリ3は、この研究では回答者への説明によって除外しています。言い換えると、この研究は「縁もゆかりもない、返礼もあまり期待できない人たちに、私たちはなぜ個人的にお金を寄付をするのか」を検討するものです。研究では、質的に異なると仮定された、緊急災害支援場面と、それ以外の平時場面の支援に分けて調査を行いました。
3.寄付動機/寄付抑制動機の構造
調査はオンライン調査で実施し、日本全国20代~60代の2100名から回答を得ました。属性は、男性1040名、女性1060名(平均年齢47.55歳)です。そのうち、約半数の1054名は「緊急災害支援」、残りの1046名は「平常時の医療、学術、国際支援等」について回答を得ました。質問内容としては、過去の寄付経験や、寄付動機、寄付抑制動機、寄付に関する情報行動などを尋ねました。
寄付行動についての全体の結果は、寄付未経験者の割合が半数より多いというものでした。2100人のうちで2018年の調査時から過去3年以内に寄付経験者が445名(21.19%)、4年以上前に寄付経験者361名(17.19%)、全く経験がない人は1294名(61.62%)でした。もちろん、寄付未経験者の中にもカテゴリー2や3の寄付者が含まれていると推測されます。
場面別にみると、緊急災害支援では3年以内の寄付経験者が249名(23.62%)、4年以上前寄付者は223名(21.16%)、寄付未経験者は582名(55.22%)、平常支援では3年以内の寄付者が196名(18.74%)、4年以上前寄付者は138名(13.19%)、寄付未経験者は712名(68.07%)でした。緊急災害支援のほうが寄付割合が高いものの、自然災害が多発した2010年以降の日本の状況を考えると、店頭での釣銭募金など身近な場所で緊急支援が目につく場合でも、回答者の半数を超える55%の回答者が寄付をしていないことになります。
全データを対象とした寄付動機の分析については、まず、先行研究などから集めた複数の質問項目を因子分析という方法で整理し、促進的動機4つと抑制的動機5つを因子(意味的まとまりのようなものと考えてください)にまとめました(表2)。それら因子ごとに複数項目の平均値を出して結果を解釈していきます。
寄付をした動機は寄付経験者のみに尋ねました。寄付経験者は「助け合い精神」といった支援が自然なことという感覚が強く、その一方で他者からの影響による「周囲への同調」は低いことが分かります。それぞれの因子について、20代から60代までの5つのグループで得点差があるか分析したところ「助け合い精神」と「社会貢献」に差はなく、若いほど「周囲への同調」が高く、高齢であると「組織への信頼」が高まる傾向が見られました。高齢寄付者は、自分の判断で信頼できる組織に寄付をしているようです。また、別の分析では「管理への信頼」が、高いほど寄付金額が高く、同一団体への継続的寄付行動がみられました。
寄付抑制動機は寄付経験者と未経験者の両方に尋ねました。「経済的負担」や「管理への不信」、「手がかり不足」の得点が高いです。全体的にみると、寄付未経験者たちは「無関心」に寄付の意味や価値を否定しているというよりも、適切な寄付先が見つからないという気持ちが強いように解釈できます。また、「3年以内に寄付をした人(3年寄付)」、「4年以上前寄付者(過去寄付)」、「全く寄付をしたことが無い人(寄付未経験)」の3群で、この抑制動機を比較したところ、「管理への不信」得点が最も高かったのは「過去寄付」の人で、統計的に意味のある差でした。常識的に考えると、「寄付未経験」の人の得点が寄付抑制動機として高いと予想されますし、実際「手がかり不足」、「無関心」、「経済的負担」因子では「寄付未経験」の人の得点が高くなっていたので意外な結果でした。熱心に寄付をしても現状が思ったように改善しないことで「燃え尽き」のような感覚が生じて、寄付を控えるようになったのかもしれません。
さらに、寄付経験者の情報探索行動は消極的であることがわかりました。「寄付管理組織の運営実績」や「寄付金がどのように使われているか」、「類似組織の比較」などを行ったか複数項目で質問しました。その結果どちらの場面でも5段階で平均2.3ほどでした。2点の選択肢が「ほとんど行わなかった」ですから、あまり行われていない様子でした。
4.寄付とよいかかわりを持つ
結果から見えてきた寄付の心理についてまとめます。まず、この研究が対象としていたのは、見ず知らずの他者への金銭を主とした寄付行為の有無とその動機でした。そして、「緊急災害支援」と「平常時の医療、学術、国際支援等」について検討したところ、全体的に寄付者は半数弱でしたが、前者で積極的な寄付が見られて状況の影響力が確認されました。
次に、寄付動機の構造についてまとめます。寄付時には、利他精神のような内発的動機ばかりではなく、寄付管理者の社会的情報が影響することは間違いありません。
まず寄付の土台になっているのは「助け合い精神」、つまり「困ったときはお互い様」という相互扶助精神だと考えられます。こうした意識・感覚は、教育や躾により発達していくものですので、家庭や地域での対人関係を豊かにすることが重要です。さらに、より高額かつ継続的寄付を望むのであれば寄付を管理する団体が熱意をもって活動しつつ適切に寄付を活用していることをアピールすることが大切でしょう。これは、寄付抑制動機の「管理への不信」の懸念を低下させることにもつながります。
一方で「無関心」や「情報不足」と「経済的負担」にも対処していく必要があります。これらは教育や躾よりも、情報の扱い方の側面が強そうです。寄付が盛んになることと、寄付機会が乱立状態になることとは違います。心理学の意思決定分野でも、選択肢が多いと人が行動を控えることが示されています(アイエンガー,2011)。さらに、上述のような「燃え尽き」があると仮定するならば、心理的・物理的距離の離れた支援対象への寄付を呼びかけるばかりではなく、成果がより身近に感じられるような地域に根ざしたNPOなどとの接点を作って組織への信頼を高めていくことも大切でしょう。加えて、上述の結果で確認したように、日本人の寄付者は、あまり調べずに寄付をしているようです。これは、まだ寄付が根付いていない、慣れていないということなのだと理解できますが、寄付をしたいけれども多忙な現代人たちのために、寄付への関心が高まった時に、手軽に検索し、少額でも安心して寄付できる仕組みがあることが大切でしょう。大手ポータルサイトでの寄付窓口の設置やショッピングポイントの寄付といった方法も徐々に定着してきましたが、寄付を管理する組織については、まだまだ情報提供が整理されていない印象です。研究を通じて、寄付者が知りたい情報や伝えるべき情報を整理して簡単に閲覧できるようにしていかなくてはなりませんし、業界団体や公的機関の認証制度の整備が一層進むことも望まれます。
最後に、この研究では扱わなかったところにも触れておきます。寄付行動を促進していくためには、日本における寄付の心理的、社会的、経済的メリットを検討していくことが必要です。日米の寄付を比較したOuchi(2004)は、日本の寄付の低調さを「宗教活動への関心の低さ」や「集団主義的価値観」、「行政サービスの主体として政府への期待の高さ」、「税制」などを挙げて説明しています。欧米圏の研究では、たびたび他者への金銭提供が精神的健康に影響を与えていることが示されています(e.g. Dunn et al., 2008)。その背景にこうした宗教的道徳心が反映されているのであれば、日本人が未知の他者に寄付をしても、さほど幸福感につながらない可能性があります。宗教や価値観など国民性に関する部分は実質的に介入が不可能だと考えられるため、日本人が幸福を感じながら寄付ができる仕組みについて、さらなる検討が必要です。一方で、税制や国と国民との関係性については、介入が可能かもしれません。多様化したニーズに対する行政サービスの限界やセーフティーネットとしての寄付に期待される役割について公に議論し、人々の国家観をアップデートしていくことは不可能ではないと思われます。著者は門外漢ですが、少額であっても手軽に控除につながる税制や手続きが普及することは有益かもしれません。
上述のように、著者は日本人の寄付の現状が「無関心」ではなく「関心はあるが、どうしたらよいかわからないという状態」と解釈しています。現在では、学術研究のみならず、ファンドレイザーなどの人材育成、社会制度の見直しも徐々に芽吹き始めています。こうした諸活動が実を結び、善意が循環して、より住み良い社会になることを期待します。
参考文献
Charities Aid Foundation. (2021). “CAF World Giving Index 2021”.
https://www.cafonline.org/docs/default-source/about-us-research/ cafworldgivingindex2021 _report_web2_100621.pdf 2023年2月1日閲覧
Charities Aid Foundation. (2022). “CAF World Giving Index 2022”.
https://www.cafonline.org/docs/default-source/about-us-research/caf_world_giving_ index_2022_210922-final.pdf 2023年2月1日閲覧
Dunn, E.W., Aknin, L.B., Norton, M.I. (2008). Spending money on others promotes happiness. Science, 319, 1687-1688.
Iyengar, S. S. (2010). The art of choosing. NY: Twelve. (アイエンガー, S. S., 櫻井裕子訳(2011). 選択の科学 文藝春秋)
日本ファドレイジング協会(編)2021 『寄付白書2021』 日本ファンドレイジング協会
日本ファドレイジング協会(編)2017 『寄付白書2017』 日本ファンドレイジング協会
Ouchi, M. (2004). Charitable giving in Japan: A comparative study of Japan and the United States. The Nonprofit Review, 4, 39-52.