民法学からみた「寄付」-寄付はどのように法的に構成されるのか-

朝日大学法学部専任講師
小出 隼人HAYATO KOIDE

略歴
東北大学大学院法学研究科博士後期課程修了・博士(法学)。専門は民法学。東北大学大学院法学研究科助教を経て、現在、朝日大学法学部専任講師。近年の研究成果として、「寄付の法的構成に関する一考察-日独における寄付の法的構成に関する学説を手がかりに-(1)・(2・完)」法學84巻1号(2020)75-136頁・法學84巻2号(2020)29-105頁、「寄付における信託法上の信託の成立に関する一考察」いのちとくらし研究所報77号(2022)82-90頁など。

1.はじめに

 本稿は、「寄付はどのように法的に構成されるのか」、といった問題意識の下、民法学の観点から「寄付の法的構成」に関する学説の議論状況を概観し、今後の課題について述べるものである。
 近年、日本では、台風や地震等の大規模災害が多く発生しており、災害時における被災者支援等では、寄付が積極的に活用される(1)。例えば、東日本大震災では、寄付を通じて被災者を支援する人々が多くみられ、被災地の復旧・支援にかかわる主要なNPO法人への支援金と称される寄付も多く寄せられた(2)。また、寄付は様々な慈善活動を行う団体等を支える重要な財源でもあり、今後も社会における役割は強まっていくだろう(3)。
 実務では問題も生じているようである。例えば、寄付金を騙し取る行為や、寄付金の使途等を明示せずに集金を行い、最終的に使途が不明、あるいは寄付が目的どおりに利用されなかったことで批判を浴びるという問題等である(4)。そのほか、東日本大震災で当時、義援金の募集を行った日本赤十字社は、義援金は公的資金ではないが、そのシステムは強い公共的な性格、役割を有し、善意の寄付金という性格から、法令等の具体的な定めがないとも述べていた(5)。
 そして、こうした実務的な問題が生じる原因の一つには、これまで寄付に関しての法的検討が十分ではなく、寄付者と寄付を募集する者(以下「募集者」という)との間の法的関係をどのように解するかが不明確であったことにあると考えられる。また、募集者は、通常信用のある人物であり不正行為をあえてすることは稀であること、寄付が「無償」で行われることから、寄付者は「法的な責任を追及することを避ける」こと、寄付にかかわる当事者間の法的関係が不明であるがゆえに訴えることを躊躇すること等が古くから指摘されている(6)。
 今日では、寄付が無償で行われるとしても、寄付者は寄付金の使途や、募集者の活動に強く関心をもっているようであり(7)、それに対し募集者は、寄付の目的に従い忠実に寄付の管理と処分を行うことが求められるであろう。こうした状況をふまえると、前述の実務的な問題は法的紛争へと発展する可能性もあり、「寄付者と募集者との間の法的関係はどのように解されるのか(例えば、契約はあるのか)」、「契約があるならば寄付者にはどのような権利があり、募集者にはどのような義務があるのか」、といったような法的観点からの検討が必要である。その際、私人間の権利義務関係を規律する民法は大きな役割を担うであろうし、寄付に参加する人々の法的な地位・関係を明らかにするということは、今後の寄付の促進・助長にもつながると思われる(8)。それでは、寄付はどのように法的に構成されるだろうか、以下では民法学における議論状況を概観する。

2.民法学からみた「寄付」-議論状況の概観-

 我妻栄博士は、四つの特殊の贈与の一つとして寄付を論じており(9)、義援金等の三者間(寄付者、募集者、受益者)で行われる寄付を募集の目的に使用すべき義務を伴う信託的譲渡と解する(10)。来栖三郎博士(11)は「贈与が社会公共のためになされるとき」を「寄付」であると述べ、二つの場合に区別している。(1)個々人が直接に一定の寺社、学校、社会事業施設に寄付する場合、(2)発起人(筆者注:募集者)(12)が多数の人から寄付を集める場合(公募義捐金)である。来栖博士は、通常、寄付は(1)のように二者間で行われるが、(2)の場合、寄付者と受益者の間に、寄付者から財産を集め、受益者に財産を移転する役目を負う発起人が存在するとする。そして、(1)の場合は、後述の民法上の贈与と考えられ、(2)の場合は、寄付者から寄付金が発起人に信託的に譲渡されると考えられている(信託的譲渡説)(13)。
 現代において寄付には様々な類型があるように思われるが、とりわけ民法学においては、①募集者と受益者が一致する場合(寄付者・募集者兼受益者型)と、②義援金等にみられる寄付者、募集者、受益者(被災者等)の三者が関与する場合(以下「三者関与型」という)に分けて述べられている(下記図表)。そして、寄付は「無償で金銭を贈る」こと、すなわち「贈与」であると理解するのであれば、民法549条では「贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾することによって、その効力を生ずる。」と規定しており、前述の①、②の場合を民法上の贈与とみることができそうである。しかしながら、寄付者から募集者への贈与に着目すると、前述の②の場合は、実際に募集者は寄付者から直接利益を受けず(14)、寄付者は受益者(被災者等)のために贈与(寄付)をなしているのであって、募集者のために贈与をしているとはいえない。このように一見すると、前述の②の場合を民法上の贈与として捉えることについては注意を要する(15)。
 そこで学説では、三者関与型の寄付を、単に贈与として論じるのではなく、特殊な贈与として論じており、寄付は寄付者から募集者へ信託的に譲渡されるとする。そして、信託的譲渡説(16)によれば、募集者は寄付の目的に従って寄付(主に金銭)を使用すべき義務を負い、寄付が募集者から受益者に移転することにより、寄付の目的が達成されるという。さらに、募集者が義務を履行しない場合、寄付者は募集者に義務の履行を請求でき、それでも履行されない場合は、契約を解除し、寄付の返還請求等が可能であると説明される。つまり、信託的譲渡説には、寄付の目的が達成されることを重視し、募集者に寄付の目的に従った寄付の処理義務を負わせ、これに対応する寄付者の請求権を基礎付ける意図があるのである(17)。

3.近年の学説-寄付と信託法上の信託-

 「信託」とは、ある者(委託者)が、法律行為(信託行為)によって、ある者(受託者)に財産権(信託財産)を帰属させつつ、同時に、その財産を一定の目的(信託目的)に従って、社会のためにまたは自己もしくは他人(受益者)のために、管理・処分すべき拘束を加えることによって成立する法律関係である(信託法2条1項、3項参照)(18)。そして、近年では三者関与型の寄付を信託法上の信託として構成する見解がみられる。例えば、山本敬三教授は、公共的な慈善目的のために財産が無償で譲渡される場合は、一般的に寄付と呼ばれるとし、寄付を信託型の贈与とする(19)。寄付者・募集者・受益者の三者が関与する寄付と、委託者・受託者・受益者の三者からなる信託には、当事者の構造という点で共通性があると思われ、さらに、寄付には、財産権の移転(寄付金)や一定の目的(寄付の目的)に従い財産を管理・処分するという特徴があることから、信託法上の信託に手がかりを求めて寄付の法的構成について検討することも可能であろう。
 そして、三者関与型の寄付を信託法上の信託として構成するメリットには、次のようなものが考えられる。例えば、募集者は寄付の目的に従った財産の管理・処分を忠実にしなければならないという忠実義務や、募集者の固有財産と集めた寄付金を分別して管理しなければならないという分別管理義務を生じさせること等である(20)。さらに、寄付金は信託財産となるので、募集者が破産した場合には寄付金が募集者の破産財団に属することはなく、募集者の債権者による寄付金の差押え等のリスクも回避できる(倒産隔離性)(21)。
 寄付において、寄付の目的が達成されることは尊重されるべきであろうし、特に義援金等にみられる寄付は極めて公共的な性格・役割を担っているので、募集者は寄付の目的に従い寄付を確実に受益者(被災者等)へ分配する必要があると思われる。受益者(被災者等)を十分に保護するために、時には「信託」の力を借りることも必要になるのではないだろうか。

4.むすびにかえて

 これまで民法学の観点から「寄付の法的構成」に関する議論状況を概観してきた。今後の課題については様々考えられるが、紙幅の都合上、「寄付の類型に応じた法的枠組の必要性」についてのみ述べることとする。
 民法学におけるこれまでの研究は、義援金等でみられるような三者関与型の寄付のみを検討対象にしてきた。しかしながら、そもそも義援金等の寄付の実態について未だ不明確な点も多く(22)、今後は義援金等の寄付の詳細な実態調査も含め検討する必要性があると考えられる。さらに、現代の寄付の類型に目を向けると、クラウドファンディング、クリック募金、ポイント還元等のオンラインによる寄付(23)、余剰食品等を引き取り、福祉施設や団体に無料で提供するフードバンク(24)等が活発に利用されており、寄付の類型は多様化している。そこで、今後は多様な姿を有する寄付を詳細に分析し、寄付の類型に応じた法的枠組を構築する必要性もあると考えられる(25)。

*紙幅の都合上、引用等を最小限にとどめている。なお、本稿は略歴の拙稿に依拠しており、問題意識、学説の議論状況等は拙稿で引用している先行研究に負うところが大きい。

*本研究はJSPS科研費22K13312の助成を受けたものである。

注釈

(1)鵜尾雅隆「日本の寄付市場の現状とこれからの可能性-寄付10兆円時代実現に向けた現状と課題-」ボランティア学研究14号(2014)75頁以下。最近の寄付市場の動向については、日本ファンドレイジング協会編『寄付白書2021』(日本ファンドレイジング協会、2021)10-15頁。
(2)日本ファンドレイジング協会編『寄付白書2011』(日本経団連出版、2012)35頁、196頁、同『寄付白書2017』(日本ファンドレイジング協会、2017)10頁。
(3)日本ファンドレイジング協会編・前掲注(2)(寄付白書2017)20-22頁(石田祐執筆担当部分)。
(4)筑波君枝『こんな募金箱に寄付してはいけない』(青春出版社、2008)21頁以下、中島誠「寄付に関する動機の構造」名古屋学院大学論集人文・自然科学篇第56巻1号3頁参照。
(5)日本赤十字社「災害義援金に関する課題と今後の方向(報告)〜東日本大震災における検証と総括を踏まえて〜」(日本赤十字社、2013)7頁(https://www.jrc.or.jp/vcms_lf/20130325_01.pdf:最終閲覧日2022年12月9日)。
(6)中島玉吉「公募義捐金」同『続民法論文集』(金刺芳流堂、1922)227-228頁。
(7)日本ファンドレイジング協会編『寄付白書2013』(日本ファンドレイジング協会、2013)65頁以下、石田祐=奥山尚子「地域福祉を支える寄付の仕組みに関する研究」全国勤労者福祉・共済振興協会(2012)13-14頁、中嶋貴子「東日本大震災における災害寄付の実態と課題:活動支援金を中心に」(OSIPP Discussion Paper、2014)18-19頁、中島・前掲注(4)3頁等参照。
(8)大村敦志「現代における委任契約-「契約と制度」をめぐる断章-」中田裕康=道垣内弘人編『金融取引と民法法理』(有斐閣、2000)111-113頁。
(9)我妻博士は、そのほか三つの「特殊の贈与」として、負担付贈与、定期贈与、死因贈与をあげている(我妻栄『債権各論中巻Ⅰ』(岩波書店、1957)233-238頁)。
(10)我妻・前掲注(9)238頁。柚木馨=高木多喜男編『新版注釈民法(14)債権(5)』(有斐閣、1993)14-15頁等(柚木馨・松川正毅執筆担当部分)も参照。
(11)来栖三郎『契約法』(有斐閣、1974)224頁。
(12)本稿では、義援金等における寄付において、寄付(主に金銭)を募って寄付者からの寄付を受け取り、その寄付を受益者(被災者等)へ移転する役目を担う者等を募集者と呼ぶが、論者によっては本稿の募集者を発起人(そのほか世話人、受寄者)と呼ぶ場合がある。
(13)来栖・前掲注(11)224頁、柚木=高木編・前掲注(10)14-15頁等(柚木馨・松川正毅執筆担当部分)。また、寄付の法的構成に関する近年の先行研究として、金井憲一郎「三者間贈与の法的構造とその特質-英米法からみた寄付と公益信託に関する一考察-」博士論文(中央大学大学院法学研究科、2015)がある。日本法学説の整理等については同博士論文21-77頁を参照。
(14)我妻博士は、募集者はこの場合に寄付によって利益を受けるわけではないから、贈与とみるのは不適当であるとする(我妻・前掲注(9)238頁)。平野裕之『債権各論Ⅰ』(日本評論社、2018)130-131頁も参照。
(15)潮見佳男『新契約各論Ⅰ』(信山社、2021)42頁。
(16)加藤永一「寄付-一つの覚書-」契約法大系刊行委員会編『契約法大系Ⅱ』(有斐閣、1962)8頁。
(17)加藤・前掲注(16)8頁。そのほか、寄付者が寄付の目的に応じて寄付金を使用するという負担つきで募集者に贈与する「負担付贈与(民法553条)」も考えられるが、紙幅の都合上、ここでは詳述しない(加藤・前掲注(16)7-9頁参照)。
(18)四宮和夫『信託法(新版)』(有斐閣、1989)7頁以下、河上正二「クラウドファンディングと信託(覚書)」水野紀子編『信託の理論と現代的展開』(商事法務、2014)54頁。
(19)山本敬三『民法講義Ⅳ-1』(有斐閣、2005)331頁。加藤雅信『新民法大系Ⅳ 契約法』(有斐閣、2007)172頁、潮見・前掲注(15)43頁等も参照。
(20)森泉章『新・法人法入門』(有斐閣、2004)262頁。神田秀樹=折原誠『信託法講義(第2版)』(弘文堂、2019)81頁-89頁(信託法30条、34条等参照)。
(21)信託では、財産は、委託者から受託者に移転して信託財産になるので、その財産は委託者の倒産等の影響を受けない。また、信託財産は、受託者の所有に属するが、受託者の債権者は信託財産に対して強制執行することはできず、また受託者が破産しても破産財団には属しないので、受託者の債権者や受託者の倒産等からの影響を受けない。神田=折原・前掲注(20)3-4頁、61-63頁等(信託法23条、25条等参照)。
(22)中嶋・前掲注(7)・1頁以下。
(23)日本ファンドレイジング編・前掲注(2)(寄付白書2011)56-57頁。
(24)大原悦子『フードバンクという挑戦 貧困と飽食のあいだで』(岩波書店、2016)19頁。佐藤順子編『フードバンク 世界と日本の困窮者支援と食品ロス対策』(明石書店、2018)69頁以下も参照(佐藤順子執筆担当部分)。
(25)拙稿「寄付の法的構成に関する一考察-日独における寄付の法的構成に関する学説を手がかりに-(2・完)」法學84巻2号80頁、105頁を参照されたい。