ソーシャルマーケティングと寄付行動

同志社大学商学部教授
瓜生原 葉子YOKO URYUHARA

略歴
神戸大学大学院経営学研究科修了,MBA,博士(経営学)。日本学術会議連携会員,EURAM(欧州経営学会)日本代表,公益社団法人日本臓器移植ネットワーク理事などを兼務。専門はソーシャルマーケティング,行動変容マネジメント,組織行動論。薬学部を卒業し,外資系製薬企業で臨床開発,マーケティングなどに20 年間従事した後,京都大学大学院医学研究科助教を経て,2014年より同志社大学商学部教授。主な著書に『医療の組織イノベーション』(中央経済社2012),『行動科学でより良い社会をつくる』(文眞堂,2021)などがある。受賞歴は,第16 回吉田秀雄賞,第58回日本移植学会・岩城賞など。報道番組のゲストコメンテーター,メディア取材,招待講演多数。詳細は,https://www.uryuhara.com/ を参照

1.はじめに

 筆者の研究の原点は,33年前,海外で臓器移植を受けた男児のお父様との出会いである。日本の移植医療技術は最高レベルであるが,臓器提供が少ない[1]という深刻な社会問題を背景に,海外での移植を余儀なくされたそのお父様は「海外に行かなくても移植を受けられる社会をつくってください」と筆者の手を強く握っておっしゃった。当時,製薬企業で臓器移植患者に不可欠な薬の研究開発を行っていた筆者にとって,忘れられない瞬間であり,「必要な人が必要な時に(移植)医療を受けられる社会」を構築することを強く誓った。
 その後,欧州諸国での調査を重ねて辿り着いたのは,「臓器提供が少ない原因は多元的であり,それぞれの立場の人が,その一つ一つを丁寧に分析して解決に向けて取り組むこと」の重要性であった。様々なプロセスを経て[2],筆者は,人々が死後の臓器提供の意思表示に関心をもち,YES / NOについて意思決定・意思表示をするまでのメカニズムを研究している。その行動変容の基盤になるのがソーシャルマーケティングである。
 一連の研究を通して,自身が有しているものを他者へ提供する行動,例えば,寄付(金銭),ボランティア(時間や労務),献血(血液),臓器提供(臓器)には共通点があることを認識した。寄付経験が臓器提供の関心の惹起や意思表示と相関していることも見出した(瓜生原, 2021)。現在は,多様な向社会行動の行動変容の研究を行っている。
 本稿では,ソーシャルマーケティングについて概観し,臓器提供の意思表示行動の研究をとおして得た知見から,寄付行動について考察する。

2.ソーシャルマーケティングとは[3]

 ソーシャルマーケティングとは,「マーケティングの概念と様々な手法を結びつけることにより,ソーシャルグッド(social good)[4]の実現に向け,個人やコミュニティー全体としての行動の変容を促すことを目指すもの」と定義される(瓜生原, 2021)。要は,関心がない人,関心はあるがなかなか行動に移せない人などを分類し,その人の行動障壁や行動動機に合わせたアプローチを行うことにより,行動変容を促すことである。また,ソーシャルマーケティングの原則は,個人やコミュニティ,そして社会全体にとっての社会的価値(social value)を創造することをとおして,個人と社会全体のソーシャルグッドを促進することである。
 マーケティングというと,モノを売ることと思われがちであるが,マーケティングの基本概念は「交換」である。我々が日頃マーケティングと呼んでいる「コマーシャル(商業的)マーケティング」の場合,人々は,金銭と交換にモノやサービスを得るという行動(購買行動)をとる。なぜ,購買するのか。それは,モノやサービスにより得られる価値の方が支払う対価より高い,魅力的と感じるからである。この交換が金銭ではないコトと交換できるようになり,マーケティングの適用範囲が拡大した。例えば,魅力的な政策に投票する(政策と投票行動との交換),疾患への罹患を予防するためにワクチン接種を受ける(疾病予防とワクチン接種行動との交換)などである(瓜生原, 2021)。この行動が社会に望ましい場合「ソーシャルマーケティング」と呼ばれる。
 社会に望ましい行動について,頭ではよいことはわかっているが,既存の行動から新しい行動へと変えたり,新しい行動をし続けるのは容易ではない。なぜなら,人は,行動を変えることに対して煩わしさや不安を感じるからである。コマーシャルマーケティングとは異なり,交換の対価には,時間や感情など非金銭的なものが含まれるのである。したがって,人々が新たな行動を起こすためには,不安や煩わしさを超える「価値」を提供することが不可欠である。
 では,寄付という行動から得られる価値とは何であろうか。それは人の考えによって異なるが,寄付対象の組織が取り組んでいる社会課題の解決かもしれない。ある人にとっては,誰かの役にたったという満足感かもしれない。したがって,信念や態度,行動パターンが似ているグループを特定し,それぞれの行動できない理由や不安,行動動機をしっかりと調査し,それに多様な分野の行動科学理論を組み合わせることで,各グループへの価値をテーラーメイドして施策を立案することが,行動変容の実効性を高める。また,このプロセスにおいて,対象となる人々を巻き込み,共創することも重要なポイントである。

3.利他性と利他行動

 ソーシャルマーケティングを基盤とした臓器提供の研究において,提供行動の決定因子として,人間に内在するもの,それに対する作用メカニズム,外部からの介入方法に整理した。その中で,人間に内在するものとしての「利他性(altruism)」に着目する。 「誰かのために役に立ちたい」という思いや考えが,提供の意思に肯定的な影響を及ぼすと論じる研究が多数報告されている。Morgan & Miller(2011)やRadecki & Jaccard(1997)は,「利他性(altruism)」が提供への重要な動機づけになっていると報告している。また,教育レベルと社会経済的地位が高い人は提供に賛同する割合が高く,これらの属性の人々はより利他的な意識が高いとの考察もされている(Cleveland & Johnson, 1970;Pessemier et al., 1977;Parisi & Katz, 1986)。
 では,利他性とは何であろうか。また。利他性と「利他行動(altruistic behavior)」は異なるのであろうか。
 利他性とは,自分の損失を顧みず他者の利益を図ることで,利己の対義語である。「自らが犠牲になったとしても,助けたい・役に立ちたい」という個人の価値観である「自己犠牲」,「他者を助けるために,自らを犠牲すべきだ」という援助規範が包含されると考えられる(瓜生原, 2021)。献血を行う人は自己犠牲の意向が高いと報告されている(箱井・高木,1987)。筆者が実施した臓器提供に関する国際調査では,関心の喚起には援助規範が,意思決定には自己犠牲が関与することが示された(瓜生原, 2021)。
 また,利他性に関わるものとして,「他者指向性」の共感が挙げられる。そこには,常に相手の立場で考える「視点取得」,困っている人がいるとその人の問題が早く解決するといいと思う「共感的配慮」があり,これらは寄付の意向と相関すると報告されている(桜井,1988)。「視点取得」について,日本,欧州ともに,臓器提供への無関心層より関心を持つ層の方が有意に高かった(瓜生原, 2021)ことから,相手の立場で考える心を醸成することは,社会課題について考えるきっかけになることが示唆されている。
 ただし,利他性の背景には,「誰かのために役に立っている」ということを「見せつける」という気持ちが働いている可能性もある。Grace & Griffin(2006)は,共感を示すリボン(Empathy Ribbon)をはじめとするチャリティグッズの購入は,利他的な目的よりも,他者にこれを見せつけることを目的としており,ここに「人目に付く共感(conspicuous compassion)」が働いていると論じられており,必ずしも純粋な自己犠牲とは限らない。
 利他行動とは,自分が損をしても相手を助ける行動である。血縁の場合は,自分と同じ遺伝子を高い確率で共有しているため,利他行動は成立しやすいと考えられている(小田,2011)。一方,他人(非血縁者)への利他行動は,進化生物学者のトリヴァースが提唱した「互恵的利他行動」で説明されている。知り合いどうしであれば,お互い困っているときに助ける(利他行動)ことは,実は損をすることではなく,両方得をすることにつながっている(直接互恵性)。さらに,全く知らない他人の場合は,「情けは人の為ならず」ということわざにあるように,誰かを助けたら,まわりまわっていつか全く別の人から間接的にお返しがある(間接互恵性)ことが,利他行動の動機づけになっている(小田,2011)。

4.利他行動のメカニズムと寄付行動への適用

人が利他行動を起こすメカニズムについて,Batson(2011)は「共感−利他性仮説」を提唱している(図1)。

出所:Batson(2011)を筆者が改変。瓜生原(2021)324頁,図13-1
図1 共感-利他性仮説

 共感により誘発された利他的動機づけ理論は大きく2つの過程に分かれる。まず,1 段階目は,①他者が,ウエルビーイング(身体的な痛み・否定的な感情・不安・ストレス・危険・病気などがない,身体的な快・肯定的感情・満足・安全な状態)ではなく,援助を必要としていることを知覚し,かつ,②他者の福利を増加させる方法があることを知覚することで,「共感的配慮」の感情(同情,憐み,思いやり)が引き起こされる。それが他者の福利を増加させようとする「利他的動機づけ」を生みだす。すなわち,本仮説において,利他性とは,他者の福利を増すという最終目標を伴う動機づけ状態のことである。
 2 段階目は,動機づけられた本人が,可能な行動についてのコスト−利益分析を行い,最終的に,①援助する(利他行動),②他の誰かに援助してもらう,③何もしない,の3つのいずれかの行動に帰結する。この過程においては,主に4 点が考慮される。1 点目は役立っていることを感じたいと思うこと(共感的喜び),2 点目は思いやりある者と見られたい(社会的評価)といった利己的な要因,3 点目は精神的・身体的痛み,時間や金銭的損失などのコスト,4点目は援助しないことへの罪悪感である。
 すなわち,援助することが効果的と認識し,それが実感できるフィードバックがあり,他者に気づいてもらえ,他者の利益が自己コスト(精神的・身体的痛み,時間や金銭的損失)より大きければ援助行動を起こす(帰結①)。
 しかし,自己コストがあまりに大きい場合は援助行動を避けようとする動機が高まる。その時,利他的な動機づけが高いが,必ずしも自身を評価してほしいと思わず,他の誰かの援助が有効と思えば,他の誰かに援助してもらうことを選択する(帰結②)。
 利他的な動機づけがそれほど高くなく,何もしなくても社会的非難を受けないと思えば,何もしないことを選択する(帰結③)。
 したがって,他の誰かの利益となるように行動したいと「利他性」が高い状態でも,必ずしも利他行動をとるとはいいきれない。利他性はあくまで動機であり,利他行動には利己的な動機も含まれ,また,道徳的行為か否かとも無関係なのである。
 このメカニズムを寄付行動に適用して考察してみたい。まず,「利他的動機づけ」を生みだし可能な限り高くすることが必要である。そのためには,社会課題や援助が必要な人がいることを,人々に強く知覚してもらう必要がある。同時に,ある組織やプロジェクトが,その課題解決や援助に大きく寄与していることも認識してもらう必要がある。具体的には,組織がどれだけ寄与してきたかを実績として提示することである。次に,自ら「寄付をする」という行動に帰結してもらうためには,利他的動機づけが高い状態で自己コスト(精神的・身体的痛み,時間や金銭的損失)を小さくする必要がある。例えば,援助をしたいと思うような動画を見た直後に,時間や手間をかけずに寄付をできるしくみをつくることが考えられる。

5.行動変容マネジメント

 しかし,全ての人が同様の行動パターンを示すとは限らない。また,一気に行動まで至ることは容易ではない。筆者は,行動変容ステージモデル(Prochaska & Velicer, 1997)に基づき,向社会行動について,「関心を持ち,意思決定し,行動に移す」までのメカニズムとその促進因子のモデルを導出した[5](瓜生原, 2021)。各人がどの段階にいるのか,セグメント化し,促進因子と行動科学理論を基に施策をテーラーメイドしていくため,実効性が高まると考えられる。

出所:瓜生原(2021) 357頁,図14-3。
図 2 行動変容マネジメント

 「行動変容マネジメント」とは,行動科学の諸理論とベースとなるメカニズム,先行研究,対象者への深い調査によるインサイトから行動決定要因を明らかにし,介入プログラムを策定,実行,評価を行うことで,社会に良い行動へと変容を促し,社会の課題を解決していくことである。このアプローチが,寄付行動の促進の一助になれば幸いである。

参考文献

Batson, C. D. (2011) ALTRUISM IN HUMANS, First Edition, Oxford University Press.(菊池章 夫・二宮克美共訳『利他性の人間学実験社会心理学からの回答』新曜社,2012年。)
Cleveland, S. E., & Johnson, D. L. (1970) “Motivation & Readiness of Potential Human Tissue Donors & Nondonors,” Psychosomatic Medicine, Vol. 32, No. 3, pp. 225-231.Grace & Griffin(2006) Morgan, S., & Miller, J. K. (2011) “Communicating about Gifts of Life:The Effect of Knowledge, Attitudes, & Altruismon Behavior & Behavioral Intentions Regarding Organ Donation,”
Journal of Applied Communication Research, Vol. 30(2), pp. 163-178.Morgan & Miller(2011)
Parisi, N., & Katz, L. (1986) “Attitude towards Posthumous Organ Donation & Commitment to Donate,” Health Psychology, Vol. 5, No. 6, pp. 27-32.
Pessemier, E. A., Bemmaor, A. C., & Hanssens, D. M. (1977) “Willingnes to Supply Human Body Parts:Some Empirical Results,” Journal of Consumer Reseach, No. 4, pp. 131-140.
Prochaska, J.O. & Velicer W.F. (1997) “The Transtheoretical Model of Health Behavior Change,” American Journal of Health Promotion. 12 (1), pp.38-48.
Radecki, C. M., & Jaccard, J. (1997) “Psychological Aspects of Organ Donation:A Critical Review & Synthesis of Individual & Next-of-kin Donation Decisions,” Health Psychology, Vol. 16, No. 2, pp. 183-195.
瓜生原葉子(2021)『行動科学でより良い社会をつくる―ソーシャルマーケティングによる社会課題の解決―』文眞堂.
瓜生原葉子(2022)「ソーシャルマーケティングとソーシャルグッドに関する考察」『同志社商学』第74巻第1号, 1-22頁.
小田亮(2011)『利他学』新潮社。
桜井茂男(1988)「大学生における共感と援助行動の関係─多次元共感測定尺度を用いて」『奈良教育大学紀要』第37 巻,149-153頁。箱井・高木,1987 箱井英寿・高木修(1987)「援助規範意識の性別,年代,および,世代間の比較」『社会心理学研究』第3 巻第1号,28-36頁。

注釈

[1] 現在においても、臓器移植を待ち登録していている人は16,000人、移植を受けられる人は年間約400名、約2.5%である。https://www.jotnw.or.jp/data/  
[2] https://note.com/social_marketing/n/n114e06f8520f にプロセスを記している。
[3] 詳細は、『ソーシャルマーケティングに関する公式サイト』https://o-socialmarketing.jp/  に記載。
[4] good(善きこと)とは、時代、文化、おかれている環境、立場により変化するものであり、「ソーシャルグッド(social good)」について、一つの定義を用いることは難しい。また、レベルが大きく二分されると考えられる。一つは、例えば貧困問題の解決のような人類社会全員が誰でも同意するような普遍性の高い「ソーシャルグッド」、もう一つは,所属集団や社会,国によって異なりうるような「ソーシャルグッド」である。あえて一言でいうと、『他者へ思いやりをもって向き合うこと』である。ソーシャルマーケティングの実践において、「この行動は他者の役にたつのか」と常に問い、考え、実践することを通して成長し、その成長が連鎖して社会が成熟するのを助ける役割を担っている(瓜生原, 2022)。
[5] 臓器提供意思表示行動について、日本人1万例定量調査、非医療系の大学生を対象とした定性・定量調査