市民社会の弱さを包摂する社会に

広島市立大学国際学部 教授
金谷 信子NOBUKO KANAYA

略歴
兵庫県庁勤務の後、広島市立大学准教授を経て現職。大阪大学博士(国際公共政策)。著書として『福祉のパブリックプライベートパートナーシップ』『介護保険サービスと市場原理』など。専門は非営利組織論、公共政策、社会政策など。

POINT
・市民社会・NPOに対する社会的評価が高まり公民連携が増えてきた。
・介護保険制度が始まる際には、市民社会・NPOの役割が期待されたが、公共サービスの市場競争の中で市民社会を基盤にする事業者は苦戦しているようにみえる。
・市民社会の中にあるアマチュアリズムの強さと弱さに寛容な社会になることが望まれる。

1. 市民社会とNPOの多様な捉え方

 私がNPO(非営利組織)を初めて知ったのは1990年代初頭にアメリカの州政府の文化助成の対象要件に“non-profit”を見た時である。当時、日本の行政が民間団体に助成する際の基準には、社会性=行政・政治との近接性という不文律があると感じていたので、民間の大小様々な活動に対して、非営利で線引きして幅広く公的助成する考え方が新鮮だった。
 その後、大学院でNPOや市民社会について学ぶ機会を得た際に、阪神淡路大震災が起きて、ボランティアや市民活動の活躍が話題になり、1998年に特定非営利活動促進(NPO)法が制定された。それから日本でもNPOや市民社会に対する社会的認知が飛躍的に高まった。NPOや市民社会という用語は定義も使われ方も様々だが、大まかには共に政府(国家)でも企業(市場)でもない領域を意味している。また市民社会の基盤になるのがNPOであり、NPOの重要な人材がボランティアと説明されることが多い。なお日本では、NPOを特定非営利活動促進(NPO)法人に限定して理解したり、またNPOは市民活動と重ねることが一般化しているようだ。
 私の場合は、最初に触れたアメリカ流の非営利の印象が強かったために、非営利セクターを非分配制約の下にある社会的な民間活動という最広義で捉えることから離れられず、例えば公益法人や社会福祉法人などを含む旧来の非営利セクターも関心事としてきた。

2. 市民社会とNPOに対する期待と相乗り

 市民社会やNPOという概念が広く受容されてきたのは、いうまでもなく閉塞する現代社会において、政府(国家)にも企業(市場)にもできない社会的な課題を解決できる主体と期待されたためだ。日本が参照してきた米国では、1970年代に民間の社会的活動が非営利セクターとして再考されて、民主主義に不可欠な存在という主張が広がっていった。そこには伝統的な慈善的活動のみでなく活発に政治的発言を行う活動も含まれていた。
 この非営利セクターの概念が日本にも紹介されたことで、市民運動を母体とする市民活動の関係者は大きな力を得た。公共的なことは基本的に行政が担うことが主流の日本では、民間の社会的活動は周縁部に置かれて、賛同者や資源を得る点で多くの障壁があったが、非分配制約の下で事業活動が幅広く容認され、アドボカシー機能も持つという非営利の概念の導入が彼らの活動に光を与えることになったためである。
 とはいえ特定非営利活動促進(NPO)法の審議は、55年体制の崩壊と度重なる政権交代の余波で紆余曲折して、制定の直前には、市民活動支援法案が現法案に変更された。行政に反対することが多い“市民活動”を冠した法案名に反対があったためと聞く。
 それでもいわば多様性を認め合うように公民連携が始まることになり、“非営利”をまとったNPO・市民活動は、福祉、環境、地域振興、教育・文化、農業、建築、土木などあらゆる政策分野でパートナーとなることが期待された。1990年代後半になると、公共サービス(事業の実施や施設管理など)がNPO法人を含む様々な民間団体に委ねられることが増えた。NPM(新行政管理)の影響を受けた「小さな政府」論の追い風もあった。

3. 市民社会のリーダーシップ

 こうしたなかで私も、NPOあるいは市民社会は、政府(国家)や企業(市場)とは異なる社会的課題の新たな挑戦者になると期待する一人だった。また当時、研究対象にしていた福祉分野では介護保険制度が2000年に始まり、様々な非営利組織(社会福祉法人、医療法人、協同組合、NPO法人など)と営利組織が介護サービス市場に参入できることになった。新制度の下で、市民活動を基盤にした事業者が、旧来の官製福祉とは異なる住民本位の良質なサービス提供を牽引するという威勢の良い議論にも影響されて、介護保険サービス市場の研究を始めた。そして一連の研究を金谷(2022)としてまとめたが、ここでは紙面の都合で主な結果のみについて述べたい。
 具体的には、①行政・非営利・営利のどれが信頼できる、質の高いサービスを提供しているのか?② 公共サービスの効率化と公共サービスとしての公正性やサービスの質は両立しているのか?③ 利用者主体を先導してきたNPO法人は福祉サービス市場で成果を上げているのか?、ということについて研究してきた。こだわったのは、出来る限り全国の経営データを利用することと、非営利セクターの実態を詳細にみるために、社会福祉法人、医療法人、NPO法人などの経営主体別の動向を分析したことである。
 第一の研究では、非営利組織の古典的理論、具体的には、非営利組織は政府より多様な需要を満たすという「公共財論」と、非営利組織の方が営利組織より信頼性が高いという「契約の失敗論」に沿って、経営主体に進出する市場の特性を比較した。社会福祉法人とNPO法人では行動が異なり、単純にアメリカ発の理論を当てはめることは難しいことがうかがえた。同時に、営利法人は非営利法人より市場の潜在力が大きな地域に進出している可能性が高いことが気になった。
 このために第二の研究では、市場競争のなかで利益拡大志向の行動が経営主体別にどのように異なるのかということについて、訪問介護事業とグループホーム事業を対象に比較してみた。訪問介護の分析では、営利法人はクリームスキミング(利益が多そうな利用者を選ぶ)的な行動をとる傾向があり、こうした行動が介護報酬総額を増加させる可能性が部分的だが存在する傾向が見られた。また職員の処遇が比較的良い(常勤専従が多い)事業所は介護報酬総額が少ない傾向が見られた。このため介護保険サービスの効率性と質は両立するのかという疑問を持つことになった。
 そこでさらにグループホーム事業について分析した結果、全般的にサービスの質は、非営利の方が営利法人より高いこと、クリームスキミングの大きさは非営利法人の種類により異なること、サービスの質が収入拡大に与える影響はまだらであることなどを見出した。また介護保険市場における規模の経済と範囲の経済とサービスの質の関係について分析した。その結果、規模の経済効果がある可能性は高いが範囲の経済効果はまだらであること、また規模の大きな事業所ではサービスの質が低い可能性が示唆された。なお規模や範囲が拡大する事業者は営利法人に目立っている現象である。
 第三の研究では、介護保険市場における市民社会の代表例であるNPO法人と他の非営利法人また営利法人との比較を行った。その結果、NPO法人は、収入規模や経営効率性の面では、営利法人と社会福祉法人の中間に位置するが、サービスの質の面では、他の非営利法人と比べて全般的にサービスの質が高いとはいえない可能性を示す結果になった。
 ここでサービスの質とは、介護サービス事業の施設や介護職員の数・経験・資格・退職状況や運営状況などから測っている。全てのデータはwebsiteで公開されているが、介護職員の数・経験・資格・退職状況などは単純な数値データであり、その意味を判断するのは難しい。一方、運営状況は点数してチャート図で示されており分かりやすい。そして後者の見えやすいサービスの質の評価に関しては、NPO法人は営利法人よりも評価が低かった。

4. 市場競争と市民社会

 先行研究では、公共サービスの市場化は生産費用削減に偏りがちで、またサービスの質の評価は非常に困難なためにアウトプットよりインプットの統制に偏ること、そのために規格適合性が優先されてマニュアルの細分化、監視・監督の強化が進むこと、また規格化された業績評価に課題が単純化されると競争は大規模な事業者に有利に働くことなどが既に指摘されていたが、自身の研究でもそれをなぞるような結果になった。
 これは逆にいうと、コミュニティのニーズに沿いながら市民活動を基盤に活動してきたNPO法人などには生きづらい状況になってきたことを示唆する。実際にNPO法人は規格化されたサービス水準の適合度が低い傾向があるという結果がそれを示している。
 しかし研究の過程で、介護保険事業を運営する様々なNPO法人関係者にヒアリングした際に、彼らの芯にあるコミュニティのニーズを丸ごと受け止める姿勢に改めて頭が下がる思いがした。彼らにとって利用者は家族や知人の延長のようなものなので、利用者の負担金軽減のために介護保険事業者になり、介護保険制度がカバーしないなら独自に支援を行い居場所や住まいを造ることもある。利用者・住民本位のサービスを優先すると、画一的基準による介護保険制度からはみ出ることも、効率性や採算が後回しになることもある。
 介護保険サービスの市場化に影響したNPMの目的には、公共サービスの効率化のみではなく住民主体のサービスを実現することもあったはずだ。しかし現実には効率化のみ実践されて、市民参加による公共サービスの改善という目的は置き去りにされて、市民活動・NPOに期待されてきたアドボカシー機能が希薄になってきたと言わざるをえない状況が見えてきたように思われた。

5. 市民社会を包摂する社会に

 昨今のNPOは公共サービスの市場化以外でも、様々な競争にさらされることが増えている。アメリカでは1980年代頃から非営利セクターの商業化が始まり、その後、社会貢献と営利企業の手法を組み合わせた社会的企業や社会的投資などが注目されるようになり、また計測可能で根拠が明らかな事業評価、つまり企業の経営手法をNPOにも適用することが増えてきた。日本もその姿を追いかけようとしている。ただ、NPOの運営が企業の経営手法に過度に偏ることの弊害を危惧する指摘も出始めていることに留意が必要だ。
 さらに日本の場合は、行政が市民社会にフリーライドするような現象さえ見受けられる。行政とNPO・市民活動の関係に関しては、当初からNPO・市民活動の独立性を損なわないために、公的資金投入は慎重にするべきという議論が、行政側からも当事者側からもあった。公費負担なしでNPO・市民活動の自発的負担により公共サービスを補完していくことは、緊縮財政下にある行政にとって都合が良い話だろう。
 しかし日本のNPO関係者が手本にしたアメリカの非営利セクターが成長してきた背景には、公共サービス提供や政策形成や政策評価のための研究などの委託が増加した事情がある(Hall 2006,Powell 2020ほか)。冒頭の私の経験もそれと重なるものだ。今日の社会福祉法人は、近代初期に始まった民間の自発的な慈善活動が頓挫して、公的資金が導入されることになり、戦後に公の監督下にある特別の民間組織として再編されたものである。行政の過度な期待により市民社会が疲弊していくことを危惧するのはおかしいだろうか。
 一連の研究のなかで捉えたのは、社会全体に競争や“客観的”評価を是とする風潮が高まってきた中で、軋みを見せ始めた市民社会の姿なのかもしれない。ただそれは市民社会の失敗だと私は考えていない。所与の条件のなかで競争を有利に運ぶ器用さと、独自の価値を追求することは、元来両立が困難であることを改めて学んだと考えている。そして唐突に次のようなこと―他人の困難をみて自分も困難を抱える一人として結び付き、様々な責任や批判を自発的に引き受けるボランティアの特徴は「ひ弱さ」だ(金子1992)という指摘や、「ボランティア活動は“恋愛”に似ている」(巡・早瀬1997)-という言葉を思い起こした。ボランタリーの失敗の一つはアマチュアリズム(サラモン2007)という指摘もあるが、社会のすきまを埋める一歩は、効率性などは考慮外であるアマチュアリズムから始まることが多いのではないだろうか。こうした市民社会のアマチュアリズムの役割を再考する必要があると考える。
 市民社会は今や現代社会のヒーローとしての立ち位置を得つつあり、社会的に孤立する人たちを援護する社会的包摂の担い手となることも期待されている。しかし市民社会自身も脆さを抱えている。ただ合理的に効率的に立ち回れない懸命な姿は人の心を動かすこともある。一見不合理な行動の積み重ねがあってこそ人と人のつながりが育まれて、柔らかい社会のセイフティネットが出来るのかもしれない。市民社会に対しても寛容で多様性のある理解や支援がある社会になることを願っている。

参考文献

金谷信子(2022)『介護サービスと市場原理 : 効率化・質と市民社会のジレンマ』大阪大学出版会
金子郁容(1992)『ボランティア : もうひとつの情報社会』岩波書店。
巡静一・早瀬昇(1997)『基礎から学ぶボランティアの理論と実際』中央法規出版。             
Hall, P. D. (2006) A Historical Overview of Philanthropy, Voluntary Associations, and Nonprofit Organizations in the United States, 1600–2000, Powell, Walter W. and Steinberg, Richard eds., The Nonprofit Sector: A Research Handbook 2nd ed, Yale University Press,32-65.
Powell, Walter W. (2020) What is Nonprofit Sector, Powell, Walter W. and Bromley, Patricia eds., The Nonprofit Sector : A Research Handbook 3nd ed, Stanford University Press. 1-18. サラモン,L.M. (2007)『NPOと公共サービス : 政府と民間のパートナーシップ』ミネルヴァ書房。