市民フィランソロピーの新たな潮流:ギビングサークルという考え方

活水女子大学国際文化学部教授
細海 真二SHINJI HOSOMI

略歴
関西学院大学大学院経営戦略研究科修了、博士(先端マネジメント)。専門は官民パートナーシップ論、非営利組織経営論。民間企業入職後、旧西ドイツ、フランス駐在をはじめ主に海外事業部門を歩む。企業フィランソロピーの知見を深めるため、英国セントアンドリュース大学フィランソロピー公共財研究センターとインターゼミナール等研究交流をはかる。またベンチャーフィランソロピー領域の泰斗ロブ・ジョン博士と実証研究を進める。近著にジョン博士との共著『迷走するグローバル資本主義のゆくえ:博愛資本主義という考え方』(石原俊彦監修、関西学院大学出版会、2022年)。2021年より現職。

 NPOを資金面で支える新たなサポーターとして、北米やアジアでギビングサークルが注目されている。ギビングサークルは少額の資金を持ち合い、ファンドを形成しプロジェクトに助成する持続性をもつサークル活動である。一部の富裕層だけではなく、一般市民が参加しサークル活動を通してNPOのスポンサーとなるもので、市民フィランソロピーの実践である。ギビングサークルの組成が市民の連帯意識を主体化させる役割を担うことを紹介していきたい。

1.寄付とギビングサークル

 そもそもなぜ寄付は必要なのか、社会課題の解決には税金が投入されるべきではないか。ところが現実には税金が投入されるまでの政策形成に相当な時間が要していることがわかる。問題に直面し当事者が声をあげ、市民活動家やNPOが問題を取り上げ、活動を本格化してから実際に制度として反映されるまでには長い年月がかかる。待機児童の問題が世間の注目を集めた「保育園落ちた日本死ね」というSNSの投稿から、保育園整備が国民的関心事項になったことは記憶に新しいだろう。また性暴力やDVの被害者女性を一時保護するシェルターが開設されストーカー犯罪防止法が制定されたことなどの事例もある。これらは長期間にわたる市民運動が端緒である。問題の発生から社会制度の定着までの期間、活動の財務面を支えるのは、寄付や会費、ボランティアなどの民間資源である。ニートや引きこもり、ヤングケアラーや医療ケア児、さらにLGBTQ、同性パートナーシップ制度など、現代社会には多種多様な課題があるが、これらに対応する制度設計、または社会におけるコンセンサスの醸成に至る道のりは長く、その活動には資金を必要とする。

 私を含め市民の多くは、「赤い羽根」や「緑の羽根」共同募金に寄付をしたことは一度や二度ではないだろう。しかし、その用途がどのようになっているか関心をもっている人はどの程度いるだろうか。寄付をすること自体が目的となり、その行先への関心は必ずしも高くはないと考えられる。

 そのようななかで、グループを形成しNPOや福祉施設に支援を行っている人たちがいる。個人の寄付をプールし自分たちが支援したい団体に寄付をするサークル、これがギビングサークルである。もとは1990年代アメリカにおいて自然発生的に始まった活動が端緒とされ、2004年時点で全世界に約200の組織が確認された。その後増え続け2021年末には2150を越える組織が活動し、寄付総額は12.9億ドルに達する。コミュニティ基金や政府自治体の主導で組織されている例もあり、さらに成長の可能性を秘めている。

2.ギビングサークルの特徴

 ギビングサークルは、寄付を通じて社会貢献活動に取組むNPOを支援する新しいフィランソロピーの一つである。ギビング(分かち与える)というプロセスを通して社会に貢献することをコミットするサークル活動であり、メンバー同士の連帯感が深いことが特徴である。
 個人単位で寄付を行うよりも、グループで活動することにより多様な視点が生まれ、また継続的な活動により支援の担い手として安定的な活動になる。ある関係者はギビングサークルに参加することの重要な意義として、サークルでの交流がなにより楽しいことをあげている。地域社会を支援するという目的だけでなく、生涯続く仲間とのつながりから人々が集っているという。
 ベアマン (2007, p.1)は、ギビングサークルは、市民が地域社会の問題により関心を高め支援していく仕組みと表現する。ジョン (2017, p.9, 2018, p.20)は、相互に関心を寄せる組織を支援するためのリソースをプールすることと定義する。また、ギビングサークルの目的として、NPOに対する間接的なサポートや能力構築支援をあげており、個人の活動をいかにスケールアップしていくことができるか、そのためには企業や財団が触媒として活動をバックアップすることの重要性をあげている。

 今回、あけぼの財団の山本泰大代表に話を聞いた。事業によって得た資金を元手に基金を作り、日本で学ぶ意欲を有する外国人に対して修学資金を支援している。山本代表はギビングサークルの創設にも関心を示している。以下にヒアリングの内容を記載する。

 「日本を再度浮上させる一石を投じる役割が自分に与えられていると感じている。日本の国際的なプレゼンスを高める、国力を向上させるための取組みの一として、経済的に発展途上ながら将来的な成長が見込める東欧、アフリカ、南米等の若者に、日本の大学や企業への留学支援をオーダーメイドで行っている。例えば、ルーマニア在住で医師免許を有し、日本で先端技術を取得したいという若者を、日本の医科大学で受け入れる初めての事例をサポートした。彼らが将来母国に帰り、政治経済文化の重責を担う存在となれば、さまざまな面で交流や投資の架け橋となり、日本のソフトパワーが増し果実の一部を取り込める可能性を秘めている。ゆくゆくは、活動を広げ国力向上・国際的プレゼンス向上を目的とした触媒型組織として発展を牽引し、志ある者たちとの協業や資金提供を目指していきたい。寄付等を社会変革の一つの原動力とするギビングサークルは個人からできる取組みであり、同じような志をもつ経営者や篤志家が増えていくことで、この活動が日本に定着することを探求したい。」

 先に紹介したジョンの「企業や財団が触媒として活動をバックアップする」ことの実務実践の事例といえる。

3.ギビングサークルがもたらすもの

 先行する海外事例として、シンガポールで2015年に地元コミュニティへの貢献を目的に発足した100 Women Who Care Singapore がある。インターナショナルスクールに勤務する女性教師が始めたサークル活動である。構成メンバーは外国人ビジネスパーソンが中心であり、転勤などによって入れ替わりが激しい。しかし、活動理念は引き継がれ常時60~80人が在籍している。目標はサークルの名称にちなんで100人以上の女性が参加することである。どの団体に寄付をするか年2回開催される総会によって決定する。自薦他薦のNPOが、自分たちの活動内容や実績、今後の事業計画をプレゼンし、その後メンバーの投票によって勝者を決定する。勝者は、S$ 100 ×参加人数の総額をすべて受け取ることになる。過去の会合の集金額はS$ 5,500からS$ 7,900(現在1シンガポールドル=100円)であった。1回の会合で、100人のメンバーからそれぞれS$ 100を受け取るというコンセプトを次のように表現する。1 hour × 100 Women × $100 =Making a difference

 ギビングサークルの効果測定については、アイケンベリー(2009)やジョン(2017)などの先行研究がある。彼らが指摘するのは、サークルへの参加を通して社会課題への関心が深まったことである。下表にみられるように、アジアではこの指標が特に高い。社会課題の共有に貢献することは、洋の東西は問わない。わが国においては、ギビングサークルという言葉そのものが一般的になっておらず、活動自体もあまり知られていない。しかしながら、活動が知られていないから関心が低いということではない。政府、自治体や大学、民間財団による研究会等を通じて、組織化の道筋をつけることが重要である。

表1 米英豪アジアにおけるギビングサークルの特徴

4.組成に向けた官民連携の役割

 ギビングサークルはNPO等に対して事業経費を助成するファイナンスの一部となり、彼らの活動の支え手となる。NPOの多くは、地域のさまざまな課題を掌握し活動している。高い志をもち、一人でも多くの人に生活の安寧を提供しようと活動する。そして、NPOの活動を支えるギビングサークルは、財務面のサポーターというべき存在といえる。一部の富裕層による慈善活動ではなく、市民が積極的に参画するギビングサークルは、多くの自発的な行動を誘発する役割を果たす。
 政府や自治体によって解決が図られない隙間の課題を対応するのは地域に拠点を置くNPOの役割といえる。そしてその資金を提供する担い手を広く養成することが重要である。そのための手段としてマスコミやSNS、教育現場、ビジネスコンテストを通じて社会的な課題の関心を深めるためのイベントの実行などが考えられる。また、これらを政府や自治体、民間財団、大学等研究機関がさまざまな形でサポートしていくことが求められる。
 政府、自治体は官民連携でギビングサークルを立ち上げ、そこに一定の公的資金を投じることも検討課題といえる。民間財団は、ギビングサークルの運営の標準化といった取組みで後押しを図ることもできるだろう。
 大学等研究機関の役割は、ギビングサークルの費用対効果の検証を含めたエビデンスベースの政策推進への理論アプローチが考えられる。制度や実務実践の基盤として、それらを支える理論が求められるがこれらは研究機関による探究が重要である。

 ギビングサークルは、それ自体は新しい概念ではなく、寄付行為をグループで組織化していこうというのである。これまではサークルを主導するリーダーによって率いられていくケースが多かった。また、同質性の高いメンバーが集まった場合に起こる思い込みなどの偏向も発生する可能性がある。サークルとしての成熟が得られるかどうかは今後の課題といえる。
 しかしながら、山積する社会の諸課題に対して、多様な担い手がさまざまなアプローチでアクセスすることは、豊かな市民社会に貢献するものである。また社会関係資本が充実していくことで、自助、公助、共助の社会形成につながっていくだろう。その実現に向けて市民同士が地域の社会問題に対処する契機となるのがギビングサークルであり、政府や自治体が率先して、サークルの形成を後押しすることが期待される。
 わが国の寄付文化をさらに醸成するためには、後押しをする自治体をはじめとした多機関の連携が必要である。市民が共感し応援したくなるストーリーをどのように分かりやすく伝えるかその役割はとりわけ重要である。これは、社会の木鐸であるべきメディアの役割といえる。これらが相互に作用しながらギビングサークルが形成されていくことが求められる。
 ギビングサークルによって慈善団体やNPOへ寄付された資金は、全体のごく一部である。一方、寄付総額だけでは測れないネットワーク形成による社会関係資本が醸成されるものといえよう。ギビングサークルは、地域コミュニティにおける連帯感や市民の意識を主体化させる役割を担うことにつながるものである。

協力

2022年12月25日、あけぼの財団山本泰大代表にヒアリング調査を実施し回答を得た。

https://akebono-foundation.org/

参考資料

Bearman, J.E. (2007), More giving together: An updated study of the continuing growth and powerful impact of giving circles and shared giving. Forum of Regional Associations of Grantmakers, p.1.
Eikenberry, A.E. (2009), Giving Circles: Philanthropy, Voluntary Association, and Democracy (Philanthropic and Nonprofit Studies), Bloomington: Indiana University Press.
Eikenberry, A.E., Bearman, J.E. Han, H., Brown, M., and Jensen C. (2009), The Impact of Giving Together, Forum of Regional Associations of Grantmakers, pp.27-50.
John, R. (2014), Giving Circles in Asia: Newcomers to the Asian Philanthropy Landscape, The Foundation Review, Vol.6 Issue.4, p.86.
John, R. (2017), Circles of influence: The impact of giving circles in Asia, Entrepreneurial Social Finance in Asia, Working PaperNo.6, Asia centre for social entrepreneurship & philanthropy, pp.9-16, 66.
John, R (2018), Asian giving circles come of age, Alliance for philanthropy and social investment worldwide, Vol.23 No.1, pp.20-23.
Kahn, E.H. (2007), Demonstrating Social Venture Partners impact, Seattle: Social Venture Partners International. Giving Compass, available from https://givingcompass.org/partners/giving-circles/giving-circles-around-the-world,(2022/12/20閲覧)。