岡山大学グローバル・ディスカバリー・プログラム准教授
吉岡 貴之TAKAYUKI YOSHIOKA
略歴
インディアナ大学フィランソロピースクール博士課程修了、Ph.D. (Philanthropic Studies)。専門はNPO/NGOの代表性とアカウンタビリティ、コ・プロダクション、プログラム評価。2016年より現職。主な研究業績として、The 2022 Global Philanthropy Environment Index: Country Report Japan (Indiana University Lilly Family School of Philanthropy), The relationship between provision of membership benefits and fulfillment of representational roles in nonprofit advocacy membership organizations (Nonprofit Management & Leadership), Representational roles of nonprofit advocacy organizations in the United States (VOLUNTAS: International Journal of Voluntary and Nonprofit Organizations) 等がある
1.はじめに
インディアナ大学フィランソロピースクール(Indiana University Lilly Family School of Philanthropy)では、ハドソン研究所(Hudson Institute)が行っていた世界のフィランソロピーの状況を把握する研究プロジェクト(Philanthropic Freedom: A Pilot Study (2013) 及び The Index of Philanthropic Freedom (2015))を引き継ぎ、2018年からThe Global Philanthropy Environment Index(GPEI)研究プロジェクトを実施している。現在までに2014年から2017年までの世界のフィランソロピーの状況を分析したThe 2018 GPEI Report と 2018年から2020年までの世界のフィランソロピーの状況を分析したThe 2022 GPEI Report を発表している。
本稿ではThe 2022 GPEI Reportを基に、世界のフィランソロピーの現状と東アジア地域のフィランソロピーの現状を紹介する。なお、様々なフィランソロピーの定義があるが、本稿ではRobert Payton教授の定義(1988)に従って、フィランソロピーを「民間による自発的な公益活動(Voluntary action for the public good)」と定義し、寄付だけではなく、ボランティア活動やNPO/NGOの活動なども含むものとする。
2.分析手法
The 2022 GPEI Reportでは、100人以上の国レベル及び国際地域レベルの専門家が参加して91か国のフィランソロピーの現状を分析・評価した。まずは国レベルの専門家が各国のフィランソロピーを支える6つの主要な環境要因を5点満点で評価した。5点満点中、1点がフィランソロピーにとって最も不利な環境を示し、5点が最も有利な環境を示している。フィランソロピーを支える6つの主要な環境要因とは、①NPO/NGOの活動の自由度(Ease of operating a philanthropic organization)、②寄付税制(Tax incentives on giving)、③国境を越える寄付(Cross-border philanthropic flows)、④フィランソロピーを支える政治的環境(Political environment for philanthropy)、⑤フィランソロピーを支える経済的環境(Economic environment for philanthropy)、⑥フィランソロピーを支える社会・文化的環境(Socio-cultural environment for philanthropy)である。
国レベルの分析・評価が終了した後、各国を14の国際地域に分類し、国際地域レベルの専門家が国レベルの分析・評価を国際地域レベルにまとめ、国際地域ごとのフィランソロピーの現状について分析・評価をした。14の国際地域とは、北米、カリブ諸国、ラテンアメリカ、オセアニア、南アジア及び東南アジア、東アジア、中央アジア及び南コーカサス諸国、中東及び北アフリカ、サブサハラ・アフリカ、バルカン諸国、南ヨーロッパ、中央ヨーロッパ、西ヨーロッパ、北ヨーロッパである。国際地域レベルの評価が終了した後、国際地域レベルの専門家と国レベルの専門家が協議し、国際地域レベルと国レベルのフィランソロピーを支える6つの主要な環境要因の再評価が行われた。その後、グローバル・アドバイザリー・ボードによる最終的な検討が行われ、世界のフィランソロピーの現状の分析結果と評価が確定した。
The 2022 GPEI Reportによると、2018年から2020年にかけてフィランソロピーを支える6つの主要な環境要因の91か国の平均点は5点満点中3.63点で、約62%の国々において平均点が3.5点以上となっており、全体としてはフィランソロピーを促進する環境となっている。特に91か国中約26%の国々では平均点が4.0点以上となっており、フィランソロピーにとって非常に有利な環境となっている。また、91か国中約36%の国々では平均点が3.5点以上4.0点未満となっており、フィランソロピーにとって有利な環境となっている。
フィランソロピーを支える6つの主要な環境要因の中では、NPO/NGOの活動の自由度が最も高い点を得ており、91か国平均で3.97点となっている。北ヨーロッパが満点の5.0点とNPO/NGOの活動の自由度が最も高いのに対し、中東及び北アフリカは最も低い2.86点とNPO/NGOの活動が難しい状況となっている。次にフィランソロピーを支える社会・文化的な環境に関しては、91か国平均で3.82点とフィランソロピーを支える6つの主要な環境要因の中で2番目に高い点を得ている。北米と北ヨーロッパが4.75点と最も高く、フィランソロピーに対する社会の理解やNPO/NGOに対する信頼が非常に高い。これに対し、中央ヨーロッパは3.29点と最も低くなっている。他方、フィランソロピーを支える経済的環境は91か国平均で3.46点であり、フィランソロピーを支える6つの主要な環境要因の中では、最も低い得点となっている。北米、北ヨーロッパ、オセアニアが満点の5.0点とフィランソロピーにとって非常に有利な経済的環境となっているのに対し、カリブ諸国は2.0点と最も低く、フィランソロピーにとって不利な経済的環境となっている。
国境を越える寄付に関しては91か国の平均が3.51点であるが、フィランソロピーを支える6つの主要な環境要因の中で、国ごとの点数のばらつきが最も大きくなっている。最も得点が高いのが北ヨーロッパの4.75点で寄付金を他国に送ったり受け取ったりすることに関して大きな制約はないのに対し、中東及び北アフリカは2.60点で最も低く、国境を超えて寄付をしたり受領したりするのに大きな制限がある。同様に、フィランソロピーを支える政治的環境に関しては91か国の平均が3.51点であるが、国ごとの点数のばらつきが2番目に大きい。最も得点が高いのが北ヨーロッパの4.94点でフィランソロピーにとって非常に有利な政治的環境であるのに対し、中東及び北アフリカは2.58点と最も低く、フィランソロピーにとって不利な政治的環境となっている。最後に、寄付税制に関しては91か国平均で3.52点あり、北米が4.88点と最も高く寄付を促進する税制となっているのに対し、中央アジア及び南コーカサス諸国が2.96点と最も低く寄付に対して抑制的な税制となっている。
2014年から2017年の世界のフィランソロピーの状況と2018年から2020年の世界のフィランソロピーの状況と比較すると、2018及び2022 GPEI研究プロジェクト両方に参加した79か国のフィランソロピーを支える5つの主要な環境要因(経済的環境を除く)の平均点は3.64点(2014年-2017年)から3.67点(2018年-2020年)とわずかに上昇した。特に、フィランソロピーを支える政治的環境は全体としては多少改善した。ただし、79か国中約3分の1の国々ではフィランソロピーを支える政治的環境は悪化している。また、国境を越える寄付の状況については全体として少し悪化した。
2014年から2017年と2018年から2020年のフィランソロピーの状況を国際地域別に比較すると、バルカン諸国、北ヨーロッパ、南アジア及び東南アジア、サブサハラ・アフリカにおいて改善がみられるものの、北米、ラテンアメリカ、中東及び北アフリカ、オセアニア、南ヨーロッパでは悪化した。
新型コロナウイルスの蔓延がフィランソロピーに及ぼした影響としては、フィランソロピーが制約されている国々とNPO/NGOが政府資金や外国からの資金に依存している国々では、NPO/NGOに対する支援が十分でなく、新型コロナウイルスの蔓延によって引き起こされた問題に十分対処することができなかった。また、政治状況が不安定な国々では経済状況も不安定となり寄付が減少し、NPO/NGOの活動に影響が出た。他方、フィランソロピーにとって有利な環境の国々では、政府がNPO/NGOの財政状況の悪化を緩和するために財政的な支援を行った。また、NPO/NGOはオンラインを活用して資金調達やサービス提供を行い、新型コロナウイルスの蔓延によって被害を受けた人たちを支援し続けた。このような危機の下で人々にとって必要な活動を継続的に行うことにより、フィランソロピーの重要性が多くの人々に認識されることになった。
4.東アジア地域のフィランソロピーの現状
The 2022 GPEI の東アジア地域の報告では日本、中国、韓国、台湾、香港のフィランソロピーの現状が分析・評価された。これらの国々では経済的な発展の度合い、政治体制、歴史において相当異なるものの、伝統的に政府の権威が高く、政府が「公益」を定義し、どのように「公益」を増進すべきかを決めたという共通点がある。この政府の権威の高さが歴史的に東アジア地域でフィランソロピーの発展を抑制したものの、過去数十年における経済発展に伴ってフィランソロピーの役割とフィランソロピーを支える制度や環境も発展してきている。
2018年から2020年の東アジア地域のフィランソロピーの状況の特徴として第一に、日本、韓国、台湾のフィランソロピーの緩やかな発展が挙げられる。例えば、日本では休眠預金等を活用した新たな資金が民間公益活動に投入された。また、韓国ではNPO/NGOの財務諸表の公開の基準が整備された。第二の特徴として、中国政府のNPO/NGOに対する統制の強化と香港のNPO/NGOの活動に対する制限が挙げられる。中国政府は非政治的な問題に取り組むNPO/NGOの活動を許可しているが、政治的な問題に取り組むNPO/NGOの活動は厳しく制限している。また、香港ではかつてNPO/NGOの活動が活発であったが、中国政府が香港の自治を制限し統制を強化しており、香港のフィランソロピーの状況は厳しさを増している。第三の特徴として、新型コロナウイルス蔓延による影響が挙げられる。多くのNPO/NGOは素早くオンラインの技術などを活用し、新型コロナウイルスの蔓延によって被害を受けた人たちに必要なサービスを提供し支援したが、サービスに対する需要が急上昇したのに対し収入は十分確保できず、財政状況が悪化したNPO/NGOも多かった。
東アジア地域でのNPO/NGOの活動の自由度に関しては、日本、韓国、台湾では迅速にNPO/NGOを設立することができ、政府の過干渉もなく相当程度自由に活動できる。ただし、中国ではNPO/NGOの活動に厳格な制限が掛けられている。中国でNPO/NGOを設立するためには団体に十分な額の資金が必要であり、政治とは無関係な問題に取り組み、かつ政府関係者との繋がりが重要である。香港ではNPO/NGOの活動の自由度が高いが、中国政府が香港の自治を制限し統制を強化しており、NPO/NGOの活動の自由度が今後大きく下がる懸念がある。
東アジア地域での寄付税制に関しては、過去数十年の間に寄付を促進する税制改正が行われてきた。また、2018年から2020年の間に中国では寄付控除の制度の明確化が行われ、韓国では個人寄付に対する税額控除制度が始まった。他方、日本、台湾、香港では寄付税制に関して大きな変更は見られなかった。
国境を越える寄付に関しては、日本、韓国、台湾では大きな制約はないが、中国では海外のNPO/NGOに寄付をしたり、国内のNPO/NGOが海外からの寄付を受領したりするのには厳しい制限がある。また香港では現在のところ国境を超える寄付に関して大きな制限はないが、今後は中国政府の統制が強化される恐れがある。
フィランソロピーを支える政治的環境に関しては、中国では政府によりNPO/NGOの活動に厳格な制限が掛けられており、香港では中国政府の統制の強化によりNPO/NGOの活動がどの程度可能かについて不確実性が増している。韓国ではNPO/NGOの不正行為により、政府がNPO/NGOの透明性や説明責任を確保するための規制を導入する必要に迫られ、NPO/NGOにとってやや不利な政治的環境となっている。他方、日本では休眠預金等を活用した新たな資金がNPO/NGOに投入されるなど、NPO/NGOにとってやや有利な政治的環境となっている。
フィランソロピーを支える経済的環境に関しては、東アジア地域では2019年まではフィランソロピーにとって有利な環境であった。日本、韓国、台湾は成熟した経済であり、中国は経済成長が著しく、特に企業による寄付を後押しした。しかし、2020年からの新型コロナウイルスの蔓延により、東アジア地域の各国の経済は大きな打撃を受け、結果としてNPO/NGOの財政状況も悪化した。
フィランソロピーを支える社会・文化的環境に関しては、東アジア地域では仏教や儒教を基盤とした豊かなフィランソロピーの伝統や価値観がある一方、多くの国々ではまだ十分に成熟しておらず専門職が必要な分野とはみなされていない。
5.フィランソロピーの将来
2022GPEI研究プロジェクトに参加した多くの専門家によると、今後フィランソロピーはデジタル化を通じて世界中でより制度化されると同時に、政府や企業との協働がますます盛んになると予想されている。東アジア地域でも同様にNPO/NGOと政府、企業との協働がより一般化すると同時にオンラインを通じた新たな資金調達方法が発展すると予想されている。また、中国や韓国では超富裕層による高額の寄付が増えると予想されている。他方、フィランソロピーと権威主義体制の政府との間の緊張関係が中国で続き、香港でも増大すると予想されている。
参考⽂献
Gannon, James. (2022). Region report: Eastern Asia. The Global Philanthropy Environment Index 2022. Indianapolis, IN: Indiana University Lilly Family School of Philanthropy.
Hudson Institute Center for Global Prosperity. (2015). The Index of Philanthropic Freedom 2015. Washington, D.C.: Hudson Institute.
Hudson Institute Center for Global Prosperity. (2013). Philanthropic Freedom: A Pilot Study. Washington, D.C.: Hudson Institute.
Indiana University Lilly Family School of Philanthropy. (2022). The Global Philanthropy Environment Index 2022. Indianapolis, IN: Indiana University Lilly Family School of Philanthropy. Retrieved January 10, 2023 from https://globalindices.iupui.edu/environment-index/index.html
Payton, Robert L. (1988). Philanthropy: Voluntary Action for the Public Good. Santa Barbara, CA: Greenwood Publication Group.
Yoshioka, Takayuki. (2022). Country report: Japan. The Global Philanthropy Environment Index 2022. Indianapolis, IN: Indiana University Lilly Family School of Philanthropy.