見知らぬ他者への贈与――どのような人が献血するのか

熊本大学大学院人文社会科学研究部 准教授
吉武 由彩YUI YOSHITAKE

略歴
九州大学大学院人間環境学府人間共生システム専攻博士後期課程単位修得退学。博士(人間環境学)。下関市立大学経済学部特任教員(地域貢献担当)、福岡県立大学人間社会学部講師等を経て現職。専門は福祉社会学、地域社会学。主な研究関心は、献血行為などの匿名他者への贈与行為の研究、農村高齢者の社会参加活動や生きがいの研究、地域福祉活動の研究など。主な著書に、『匿名他者への贈与と想像力の社会学――献血をボランタリー行為として読み解く』(ミネルヴァ書房、2023年)、『新・現代農山村の社会分析』(分担執筆、学文社、2022年)、『よくわかる地域社会学』(分担執筆、ミネルヴァ書房、2022年)、『ジレンマの社会学』(分担執筆、ミネルヴァ書房、2020年)、『入門・福祉社会学』(編著、学文社、2023年8月刊行予定)等がある。

POINT
・献血や臓器提供、寄付・募金は「見知らぬ他者への贈与」である。
・若年献血者の減少が問題となっているが、実は東日本大震災の直後に献血に駆け付けたのは20代や30代だった!?
・献血者であっても、血液の使い道について十分に知らず、「事故や怪我」の場合に使われていると誤解している場合がある。

1.見知らぬ他者への贈与

 「見知らぬ他者への贈与」と聞くと、不思議に思う人もいるのではないか。日頃私たちは相手のことを知っていくなかで、この人のために何かをしたいと思い、贈与するのではないだろうか。たとえば、他者と知り合い、交流を重ねるなかで親しくなったからこそ、その友人が困っている時には助けになりたいと思い、時間や労力を提供したり、金銭を提供したりするのではないだろうか。反対に、これまで会ったことも話したこともないような、顔も名前も知らない相手に対して、何かを贈与することなどあるのだろうか。
 このように思う人もいるだろう。しかし、意外に思われるかもしれないが、実際には私たちの身近には、「見知っている相手への贈与」だけでなく、「見知らぬ他者への贈与」も存在する。具体的には、献血という行為について考えてみると、献血ルームや献血バスにおいて提供された血液は、検査や加工された後に、医療機関において顔も名前も知らない他者の治療に用いられる。あるいは、すべてがそうだというわけではないが、寄付・募金でも、寄せられた金銭は、顔も名前も知らない他者のために使われていることもあるだろう。骨髄提供や臓器提供についても、それが匿名の他者へ提供され、その人の命をつなぎとめている。
 現代社会においては、こうした「匿名他者への贈与」がみられ、それが人びとの生活を(時にはその命までも)支えている。それでは、匿名他者への贈与をする人とは、どのような人なのだろうか。さまざまな匿名他者への贈与行為のなかでも、今回は献血を取り上げて考えてみたい。

2.日本における献血の現状

 日本における年間献血者数や献血率は、日本赤十字社が毎年発行する『血液事業の現状』において公開されている。『血液事業の現状』によると、2022年の献血者数はのべ499万人、献血率は6.1%である(日本赤十字社 2023)。献血をめぐっては、献血者数減少が問題となっている。献血は主に献血ルームや献血バスにおいて行われるが、2019年度以降は新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の影響により、学校や企業、ショッピングセンターなどへの献血バスの配車が減少し、集団献血への協力団体の確保が難しくなるなどの困難もみられた。
 しかし、献血者数減少は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大以前から問題となっていた。図1から長期的な献血者数の推移を確認すると、1980年代には年間のべ800万人以上もの献血があったものの、2000年には600万人を下回り、前述のように2022年には500万人を下回っている。こうしたなか、献血推進のために「若年層の献血者数の増加」「集団献血への協力企業・団体の確保」「複数回献血の推進」「献血Webサービスの利用推進」といった重点目標が定められ、取り組みがなされている(1)(厚生労働省 2022)。
 これらの取り組みのほかにも、力を入れられているのが、輸血患者の「顔が見える取り組み」である。輸血患者やその家族のエピソードや感謝の声を動画として配信したり、広報誌へ掲載したりといった取り組みが積極的になされている。献血では、献血者と受け手である患者には直接の接点はなく、献血者は自分の提供した血液が誰にどのように使われたのかはわからない。そこで、輸血患者の「顔が見える取り組み」が進められ、それによって献血の促進が目指されているのである。

図1 献血者数の推移
出典)日本赤十字社『血液事業の現状』より筆者作成

3.東日本大震災と献血

 献血者数はこの30年間ほどで大幅に減少していることを確認したが、そうした献血も協力者が増加する時がある。大きな災害や事故、事件などの際である。2011年3月11日に発生した東日本大震災では、東北地方の血液センターや献血ルームが被災により一時献血者の受け入れを停止する事態となった。その間の東北地方の血液の需要をまかなうため、全国の血液センターから被災地へ血液製剤の提供がなされていた(日本赤十字社東北ブロック血液センター 2012)。こうしたなか、「被災地のために何かできれば」と考えた人びとが全国の献血ルームに駆け付け、献血希望者の長蛇の列ができている状況が報道された。日本赤十字社の『血液事業の現状』を確認しても、2011年3月の献血者は46.0万人と、前月(2011年2月)と比較して3.2万人多い。さらに、前年の3月(2010年3月)と比較した場合でも、2.1万人多く(日本赤十字社 2012)、この時期いかに多くの人びとが献血に駆け付けたのかがわかる。
 それでは、どのような人が東日本大震災後に献血に向かったのだろうか。図2は東日本大震災の前後(2010年10月~2011年8月)の月別献血者数である。図2をみると、10代や40代以上では、2011年3月に大きく献血者が増加した様子は確認できない(吉武 2013)。他方で、20代では前月(2011年2月)と比較して22,315人増加し、30代では11,385人増加している。
 また、震災後に献血に来た人とは、その多くが初回献血者であったという指摘もある。全国的な数値は不明であるが、山形県の献血ルームでは震災後は初回献血者が4.5倍(101人から454人)になったと報告される(2)(日本赤十字社東北ブロック血液センター 2012)。
 図1で示したような長期的な献血者数の推移を確認するならば、実は10代や20代、30代といった若年献血者がここ30年間で特に減少している。若年層の献血離れが大きな問題となっており、献血推進の重点目標のひとつも「若年層の献血者数の増加」となっている。しかしながら、若年層は献血への関心を失っているのかと言えば、必ずしもそうではない。図2をみるとわかるように、震災の際に急増した献血者の多くは20代や30代であったことから、若年層も、全く献血に興味がないわけではなく、きっかけがあれば行動に移すことがうかがえる。

図2 東日本大震災前後の月別献血者数(2020年10月~2011年8月)
出典)日本赤十字社提供データより分析(3)

4.家族や友人に輸血経験者がいる場合に献血しやすい

 大きな災害等の際に献血者は増大するのだが、それは長くは続かない。東日本大震災の際にも、献血者の増大は数か月続いた後に下火になり、年間献血者数では2011年は525.2万人と、前年と比較しても6.7万人少ない結果となった(日本赤十字社 2012)。
 血液は、大きな災害等の際だけに必要なわけではない。むしろ平時において、病気の治療や手術の際に血液が必要になり、普段から献血者が一定数いることが必要になる。それでは、災害等とは関係なく、日頃から献血をしている人とはどのような人びとなのだろうか。
 このように考えて献血に関する先行研究を見渡すと、複数の研究が共通して指摘する事柄がある。それが、「家族や友人に輸血経験者がいる場合に献血しやすい」というものである(Titmuss [1970] 2002; Oswalt 1977; Piliavin & Callero 1991; Healy 2006; Busby 2010など)。過去に家族や友人が病気になり輸血を経験したことから、献血への意識が高まったり、家族や友人が輸血を受けて助かったことへの恩返しとして献血したいと考えるようになると指摘される。このうちPiliavin & Callero(1991)では、大学生の献血者への調査が実施され、回答者のうち、家族や友人に輸血経験者がいる人びとは5割を超えていたことも報告されている。これは海外での調査結果であり、大学生など一部の対象者に限定した調査結果であるため、現代日本社会で献血者に調査した場合にどのような結果になるのかは、さらなる調査研究が必要である。しかし、筆者が行ったインタビュー調査でも、家族や友人が過去に輸血を経験したことから、献血するようになった事例が複数聞かれ、こうした人びとによっても献血は支えられていることがわかる(4)(吉武 2023)。

5.周囲に輸血経験者がいなくても献血する人とはどのような人か

 前節では、家族や友人が輸血を経験したことがある人が献血しやすいことを確認した。他方で、献血者のなかには、周囲に輸血経験者がいない人もいる。それでは、これらの人びとはどのような献血動機でもって献血するのだろうか。このような問題関心から、筆者は献血ルームにおいて献血回数が多い人びと45名に対してインタビュー調査を実施した(5)
 調査対象者に初回献血動機について尋ねたところ、「献血によって役に立つならば」という動機や、「将来自分や家族が輸血を受けるかもしれないから」という動機が聞かれた。「家族や友人が献血をしていたからその影響を受けて献血した」という場合や、「自分や家族、友人が医療系の学校に通っていたり、医療関係職に従事していたから」という場合もみられた。「献血をしたらジュースやお菓子がもらえるから」という動機も聞かれた(吉武 2023)。
 しかし、上記のように献血動機を比較的明確に、はっきりと語る場合だけでなく、調査対象者のなかには、初回献血動機は「なんとなく」「(動機は)特にない」「興味本位」と話す場合も一定数みられた(「消極的献血層」)。
 こうした人びとは、数回は献血をしても、長くは続かないのではないかと思われるかもしれない。しかしながら、インタビュー調査からは、最初は消極的な理由で献血を始めながらも、献血を続けるうちに、「献血によって役に立つならば」と考えたり、「献血は自分の健康管理にもなるから」と考えたりしながら、献血を続ける人びとの姿が確認できた。
 献血者のなかには、4節でみてきたように、家族や友人が輸血経験者であることから、献血への強い関心を持ち、献血を続ける人びとがいる。他方で、本節でみてきたように、少しのきっかけにより、「なんとなく」献血を始めていく人びとによっても、献血は支えられているのである。

6.事故や怪我という誤解

 前節でもみてきたように、インタビュー調査をしていると、「将来自分や家族が輸血を受けるかもしれないから」という献血動機が聞かれる。いずれ自分や家族が輸血を受けるかもしれないから、「献血はお互い様」だという説明である。「互酬性」と言い換えることもできる。こうした声にもう少し耳を傾けてみたい。すると、献血者は、「将来的に事故や怪我で輸血を必要とするかもしれないから」「将来的に病気や手術で輸血を必要とするかもしれないから」などと話す。そして、これらのなかでも、「事故や怪我」と話す献血者はかなり多い(吉武 2023)。
 しかし、これは不思議なことである。というのも、輸血用血液製剤の使い道を確認すると、大部分ががんなどの病気の治療に使われ、事故や怪我の場合に使われることはあまりないからである(損傷、外因による治療に使われるのは2.6%)。インタビュー調査からだけでなく、大規模調査の結果からも確認してみよう。厚生労働省による「若年層献血意識調査」では、「献血された輸血用血液製剤の使い道は、交通事故などの大量出血時よりもがんなどの病気の治療に使われることが圧倒的に多いことを知っていますか」と尋ねられている(厚生労働省 2011)。その結果、「知らない」という回答は献血未経験者では81.6%、献血経験者でも65.3%である(図3)。意外なことに、献血者であっても、血液の使い道について知らない人が多いのである。
 こうした状況をどのように評価できるだろうか。贈与の到着点を知らないままに贈与をするのは良くないという意見もあるだろうし、どのように使われているのか広く周知する必要があるという意見もあるだろう。そうした意見も重要であるが、贈与は時に難しい問題も含む。情報公開が進み、ある献血者の血液が具体的に誰にどのように使われたのかが明かされることは、患者側のプライバシーの問題にもつながりかねない。贈与が「匿名」であることは、贈与の受け手を守ることにもつながっている。そうであるならば、自らの贈与の到着点について具体的に知らず、「あなたの血液はこのように使われました」というフィードバックがなくとも献血を続けることができる人びととは、積極的に評価できる面もある。
 贈与においては、血液や臓器、金銭を提供してくれる贈与者側だけに目を向けるのではなく、受け手の立場も含めて、贈与者と受け手の両方の立場に目を向けつつ、贈与のあり方を考えていく必要があるだろう。

図3 若年層における輸血用血液製剤の使い道の認知(16歳~29歳対象の調査)
出典)厚生労働省『平成23年 若年層献血意識調査結果報告書』より


(1)重点目標の名称については、わかりやすいように一部変更して記載した。
(2)震災前後の20日間について比較した結果である。
(3)2013年2月26日の筆者による日本赤十字社本社への聞き取り調査による。
(4)家族や友人に輸血経験者がいる場合に献血しやすいことについては、詳しくは吉武(2023)参照。
(5)献血回数が多い人びととして、10代や20代では献血回数30回以上、30代以上では献血回数50回以上の人びとへインタビュー調査を行った。調査概要や調査結果の詳細については吉武(2023)参照。本記事の内容は、吉武(2013,2023)の内容と一部重複がある。

参考文献

Busby, H., 2010, “Trust, Nostalgia & Narrative Accounts of Blood Banking in England in the 21st century,” Health, 14(4): 369-382.
Healy, K., 2006, Last Best Gifts: Altruism & the Market for Human Blood & Organs, Chicago: University of Chicago Press.
厚生労働省,2011,『平成23年 若年層献血意識調査結果報告書』.
厚生労働省,2022,『血液事業報告 令和3年度版』.
日本赤十字社,2012,『血液事業の現状 平成23年統計表』.
日本赤十字社,2023,『血液事業の現状 令和4年統計表』.
日本赤十字社東北ブロック血液センター,2012,『3.11 2011東日本大震災――東北6県血液センターからの報告 震災に備える血液事業』.
Oswalt, R.M., 1977, “A Review of Blood Donor Motivation & Recruitment,” Transfusion, 17: 123-135.
Piliavin, J.A. & P.L. Callero, 1991, Giving Blood: The Development of an Altruistic Identity, Baltimore: Johns Hopkins University Press.
Titmuss, R., [1970]2002, The Gift Relationship: 1970, Palgrave Macmillan archive ed., Basingstoke: Palgrave Macmillan.
吉武由彩,2013,「若年層における献血の一断面――福祉的行為の生成過程をもとに」『現代の社会病理』28: 117-126.
吉武由彩,2023,『匿名他者への贈与と想像力の社会学――献血をボランタリー行為として読み解く』ミネルヴァ書房.