大阪大学大学院 人間科学研究科 教授
稲場 圭信KEISHIN INABA
略歴
東京大学文学部・宗教学卒、ロンドン大学大学院博士課程・宗教社会学修了。宗教社会学博士(Ph.D.)。ロンドン大学、フランス社会科学高等研究院、國學院大學日本文化研究所、神戸大学を経て現職。主な著書に『利他主義と宗教』(弘文堂,2011年)、『震災復興と宗教』(共編著,明石書店,2013年)、『岩波講座 社会学第3巻 宗教・エスニシティ』(共編著,岩波書店,2023年)等がある。
POINT ・諸宗教が利他を説き、より宗教的な人は、よりボランティア活動に参加するという研究結果がでている。 ・宗教には社会の苦難に寄り添い、善き方向に変えていくという働きがあり、その内容は、災害救援、発展途上国支援、平和運動、環境への取り組み、医療・福祉活動など多岐にわたる。 ・災害時には、寺社等宗教施設が避難所となり、宗教者が災害支援活動をしている。 |
1.リスク社会における宗教的利他主義
世界には危険があふれています。感染症、自然災害、気候変動、紛争、戦争、テロ、公害、事故など危険の例は枚挙にいとまがありません。それらの危険は、人間、自然、技術によってもたらされます。科学技術への信頼が揺らぎ、格差社会、無縁社会、リスク社会に生きる私たちは分断され、他者と公的および私的な諸問題をシェアすることが困難な状況にあります。
2020年の新型コロナ・ウイルスの感染拡大によって、人の動き、物の動きが制限される中で、国同士が一層孤立し分断と自国中心主義といったネガティブな地政学的な見方が北米の政治学者等から出ました。一方、フランスの経済学者で思想家でもあるジャック・アタリは、「利他主義が今こそ大事である」と社会変革を促しています。
アタリの言う利他主義とは、他者の利益が自分の利益にもなる合理的利己主義で、筆者が研究してきた利他主義(『利他主義と宗教』弘文堂)とは少しニュアンスが異なります。利他主義(altruism)は、19世紀のフランスの社会学者、オギュースト・コントによる造語です。コントによる利他主義の定義は「自己の利益ではなく、時には自己を犠牲にしてまでも他者のために起こす行動や他者を思いやる態度」です。しかし、この定義は、あまりにも利己主義と利他主義の対置を強調したものです。筆者は「他者を援助する行為で、自分の利益をおもな目的としない」と利他主義を定義しています。人から感謝されて嬉しく思う、自尊心が高まるといった内面的なメリットがない純粋な利他主義が存在し得るのかという終わりなき議論を避けるための行動科学的定義です。
利他主義の研究ですが、ハーバード大学の社会学者、ピティリム・ソローキンは第2次世界大戦後に創造的利他主義研究センターを立ち上げました。その後、利他主義に関する研究所や研究グループがイギリス、フランス、ドイツ、日本にも生まれています。
利他主義に関して欧米では宗教との関係で研究が進められてきました。宗教に基づく利他主義を宗教的利他主義と呼びます。様々な宗教が利他を大切な教えとして説いています。仏教では菩薩の行としての慈悲が説かれています。ユダヤ教の律法規定、キリスト教の愛の教え、『聖書』の中の「善きサマリア人」の話などもそうです。イスラームでも信仰義務としてのザカート、自由意志として喜捨するサダケ、助け合いの福祉制度としてのワクフ等もあります。
アメリカの社会学者のロバート・ウスノーは、利他的精神を育んでいく最適な環境は宗教的な環境だと言っています。より宗教的な人は、よりボランティア活動に参加するという研究結果がでています。そして、欧米の宗教とボランティアの関係において、とりわけ重要なのが教会参加です。教会のネットワークがボランティア参加の情報や機会を提供し、ボランティア活動を促す「ネットワーク仮説」が指摘され、多くの研究で立証されています。
2.宗教の社会貢献
宗教には社会の苦難に寄り添い、善き方向に変えていくという働きがあります。内容は、災害救援、発展途上国支援、平和運動、環境への取り組み、地域での奉仕活動、医療・福祉活動、教育・文化振興など非常に多岐にわたります。そのような宗教の社会貢献に関する研究が21世紀に入ってから盛んになりました。筆者は、宗教の社会貢献を「宗教者、宗教団体、あるいは宗教と関連する文化や思想などが、社会の様々な領域における問題の解決に寄与したり、人々の生活の質の維持・向上に寄与したりすること」と定義しています(『利他主義と宗教』弘文堂)。
地域で人々を支える地道な活動や人材育成も社会貢献です。大学や企業も人材育成をひとつの社会貢献ととらえているのに宗教の場合には別というのはおかしな話です。人材育成、地道な宗教活動による救済や地域社会作りが社会貢献と言えないような日本の状況こそが問題です。宗教者は、陰徳として善行を行い、それを社会に伝えることをよしとしてきませんでした。しかし今は、個人にも組織にも説明責任が求められます。教団といえども、信者に加えて社会に対して、何を目指すのかを社会のニーズも把握しながら伝えていく責任があります。
1960年代以前の社会運動においては、階層間の問題、富の再配分、雇用および福祉の問題が解決課題であり、その活動のおもな担い手は労働者と知識人でした。1960年代以降の「新しい」社会運動においては、階層間の問題から、一人ひとりの個人に焦点が移り、人権や環境の問題が解決課題となり、その活動の担い手として主婦、学生、市民を巻き込んでいきました。宗教は、従来の社会運動においても、新しい社会運動においても関わりを持ってきました。時には、社会活動に関わり、時には、一人ひとりの苦に寄り添ってきました。そして、NGO、シンクタンク、国境を越えるトランスナショナル市民社会のネットワークの時代に、新たな宗教NGOの動きが見られます。
宗教NGOは、従来の慈善や社会事業とは異なり、一国・一地域における社会貢献型・利他主義型宗教から、トランスナショナルと多文化主義を前提としたネットワーク型のNGOへと変容しています。類型論的に、教団が主導のNGO「教団主導型」、他教団とも共同で活動「共同型」、教団組織とは距離をおいた団体「分離型」という3つの形態に分類できます。宗教NGOの活動実態、宗教的活動理念、ネットワークの形成過程・活動変容、市民社会を作るアクターとしての機能・社会的関係性を入れた全体を図示すると下記のようになります。
3.宗教者の災害支援
平成の時代は大災害が頻発しました。東日本大震災では、指定避難所になっていない寺社教会等の宗教施設に住民が多数避難しました。指定避難所となっていた小学校の体育館は板張りで避難生活には身体的負担がかかります。一方、寺院には畳があってよかったという声がありました。被災地では100以上の宗教施設が緊急避難所となりました。被災地で宗教は地域資源として一定の力を発揮したことが明らかになりました。
大規模災害が頻発する中、行政および社会福祉協議会と宗教者が連携して災害時に対応しています。また、東日本大震災を経験し、南海トラフ地震や首都直下地震などの大災害への備えとして、宗教法人、宗教施設と行政との連携も進んでいます。筆者らが、全国の自治体1,741に対して、2019年11月時点の状況について回答を依頼したところ、1,123自治体から回答がありました(注1)。宗教施設と災害協定を締結している自治体は121で、指定避難(場)所は661宗教施設でした。
協定は締結していないが協力関係がある自治体は208で、指定避難(場)所は1404宗教施設でした。協定締結と協力関係を合わせると、災害時における自治体と宗教施設の連携は自治体数で329、宗教施設数で2065にのぼることがわかりました。
2024年1月現在、自治体と何らかの災害時協力関係がある宗教施設は4,400を超えます(参考 全国の避難所や宗教施設を含めた防災マップ「災救マップ」)
(https://map.respect-relief.net/)。
前述の調査では、近年の災害時に宗教施設・団体と連携した経験があると回答した自治体は109でした。連携の内容としては、3日以内の一時的な避難所を回答した自治体が83(76.1%)、中長期の収容避難所を回答した自治体が27(24.8%)、救援・支援活動の受け入れを回答した自治体が11(10.1%)でした(複数回答有)。宗教施設・団体との今後の連携については、約3割の自治体が「より積極的に連携したい」と回答しています。本調査で、自治体と宗教施設・団体の災害時協力の動きが広がっていることがわかりました。
寺社は建物が古いところも多く、耐震を心配される声も聴きます。実際に、熊本地震やさまざまな災害によって宗教施設が倒壊しているというのも事実です。一方で、行政が指定した体育館や小学校も地震や水害で被災し、避難所として活用できないということも頻発しています。大災害が発生し、自分の家が大変な状況になった、あるいは帰宅困難者になったという時に、残っている建物があれば、寺であろうと、神社であろうと、人はそこに避難してきます。宗教施設が避難所になる可能性があるということを想定して備えをしていく必要があります。
宗教者と社会福祉協議会(以下、社協)の災害時連携の実態を知るために、筆者らは、社協と宗教団体との災害時連携に関して初めての全国調査を2020年1、2月に実施しました。全国の社協1,826に対して、2020年1月に回答を依頼したところ、794社協から回答がありました(注2)。
回答があった社協のうち、これまでに災害が発生し、災害ボランティアセンターを開設したり、災害対応をしたりしたことがあるのは321社協で全体の約4割を占めています。その321社協のうち、災害ボランティアセンターや災害対応で、宗教団体のボランティアや支援を受け入れたのは134社協、4割にのぼります。
社協が受け入れた宗教団体の上位をあげると、天理教、真如苑、曹洞宗、末日聖徒イエス・キリスト教会、浄土真宗、創価学会、立正佼成会、カトリックとなっています。その内容は人的支援が最も多く、次いで義援金・支援金の寄付でした。宗教団体の活動や支援の8割を「満足」と社協は評価しています。ボランティアや支援を受け入れた理由については、特に断る理由がないが全体の3分の2を占めており、次いで平常時からの協力関係でした。宗教者が、平常時から社協や自治体の社会福祉課、防災課と連携している地域は災害時に連携の力を発揮しています。さまざまな社会的アクターが連携した地域ぐるみの日ごろからの取り組みが、いざという時に地域住民の助かりにつながります。
4.おわりに
宗教者は、貧病争などの生きていく上での困難、悩みに向き合ってきました。地域や社会において重要な役割を担ってきました。人々の相談に乗ったり、災害時には被災者の支援を行ったりなど、社会福祉やボランティア活動に真摯に取り組んでいます。また、寺社等宗教施設は地域の文化や伝統を守り、発展させる役割も担っています。祭や年中行事などを通じて地域の人々がつながりを持つ場として機能しています。
社会を見渡せば、宗教的利他主義、宗教の社会貢献は様々な場に存在しています。そして、宗教者による社会貢献活動は、活動の実質的な担い手としての機能に加えて、利他、思いやりの精神を育てる公共的な場を提供する機能をも併せ持っています。世のため人のため、宗教的利他主義が社会的力になっています。
※本稿は、以下の内容を中心に抜粋し、加筆・修正したものです。
稲場圭信 (2023)「社会の中の宗教 新たな役割に注目して」、岸政彦、稲場圭信、丹野清人編著『岩波講座 社会学第3巻 宗教・エスニシティ』 pp.235-255.
注1
稲場圭信・川端亮(2020)「自治体と宗教施設・団体との災害時協力に関する調査報告」『宗教と社会貢献』第10巻第1号, pp.17-29.
https://doi.org/10.18910/75539
注2
稲場圭信・川端亮(2020)「社会福祉協議会と宗教団体との災害時連携に関する調査報告」『宗教と社会貢献』第10巻2号, pp.55-69.
https://doi.org/10.18910/77220
参考文献
・稲場圭信(2011)『利他主義と宗教』弘文堂.
・未来共生災害救援マップ(略称:災救マップ)
https://map.respect-relief.net/
全国の指定避難所および宗教施設あわて30万件を集約しています。災害時に避難した施設のインフラ稼働状況や避難者数などの被災状況を発信することもできます。活用方法は以下で公開しています。
https://riccc.or.jp/respectmap/