進化心理学からみた寄付行動

名古屋工業大学大学院工学研究科 教授
小田 亮RYO ODA

略歴
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻博士課程修了。博士(理学)。京都大学霊長類研究所教務職員、名古屋工業大学講師等を経て現職。専門は自然人類学、比較行動学。主な著書に『サルのことば:比較行動学からみた言語の進化』(京都大学学術出版会, 1999年)『約束するサル:進化からみた人の心』(柏書房, 2002年)、『ヒトは環境を壊す動物である』(ちくま新書, 2004年)、『利他学』(新潮選書, 2011年)等がある。

POINT
・目の絵や写真によって寄付などの利他性が高まることがあるが、これは間接互恵性への適応であると考えられている。
・間接互恵性が機能するためには、ちゃんとお返しをする人だけでやり取りをする必要があり、そこで評判が重要な役割を果たす。
・ヒトという種がどういう存在であり、どのような特徴をもっているのかということについての正しい知見は、社会をより良くしていくうえで不可欠である。

1. 目の絵があると寄付が増える?

 まず、私たちが行ったある実験について紹介しましょう。名古屋市内のある居酒屋に、募金箱を置かせてもらいました。ただし普通の募金箱ではなく、目の絵がついたものと、その目の絵を要素に分解して再構成したもの、つまり要素は同じだけど目のようには見えない絵がついたもののふたつを用意し、それぞれを42日間、店内の3ヶ所に設置しました(図1)。寄付先は、ちょうどこの頃にヨーロッパでの難民問題が大きく報道されていたので、国連難民基金としました(集まったお金は実際に寄付しました)。居酒屋のいいところは、毎日の来客数が把握できているところです。当然ですが、人が多ければそれだけ寄付金額も多くなりますよね。もちろんお客さんの全員が潜在的な寄付者ではありませんが、毎日の寄付金額を来客数で割ってやれば、人数の影響をある程度統制することができます。

図1 募金箱の写真

  さて、17時半の開店時から0時半の閉店時まで募金箱を置き、毎日閉店後に集まった金額を数えたところ、目の絵がついた募金箱の方が、そうでないものよりもお客さん1人あたりの寄付金額が多くなっていました(Oda & Ichihashi, 2016)。期間全体でみると、目の絵が付いた募金箱を置いた42日間に、合計で5,235円の寄付がありました。一方、目の絵なしの場合には4,409円でした。合計では800円ほどの違いではありますが、募金箱に目の絵を付けただけで、寄付金額を増やすことができました。
 このように、目の絵や写真によって利他性が高まるという研究はこれまでさまざまな国で数多くなされてきました。ただ、この「目の効果」については、ほとんど、あるいは全然効果が無いという研究も多くあることには注意しなければなりません(Oda, 2019)。おそらく、効果はあるにしてもそんなに強くはないのでしょう。

2. なぜ目の絵があると利他的になるのか?

 さて、効果は弱いとはいえ目の効果によって利他性が高まるわけですが、なぜなのでしょうか?ヒトの行動に限らず、動物一般に「なぜ」ある行動をするのかということを考えるときには、4つの視点からの問いが立てられます。これを「ティンバーゲンの4つの問い」といいます。動物行動学という分野を創設した一人として1973年にノーベル生理学・医学賞を贈られたニコラス・ティンバーゲンが提唱したもので、動物行動学の基本中の基本といえるものです(Tinbergen, 1963)。
 まずひとつは、「至近要因」についての問いです。これは、「短い期間でみて、どのような外的、内的な要因がその行動を起こし、コントロールするのか?」という疑問です。具体的には脳などの神経系やホルモンがどう働いたのか、あるいはどのような心理でその行動が起こったのか、ということを問うものです。ふたつめが、「発達」です。これは、「個体の一生のうちに、その行動はどのように現れてくるのか?」という問いです。3つめが「機能」です。これは、「その行動をするとによって、どのようないいことがあったのか?」という問いです。生物の機能は自然淘汰による適応によって形成されるので、その行動がどれくらい適応的なのか、という問いにもなります。4つめが、「進化または適応」です。これは、「その行動はどのように進化してきたのか?」という問いで、つまり歴史的な経緯について考えるものです。この4つの問いは、説明の時間軸が短いか長いか、またそれがメカニズムなのかプロセスなのかというふたつの次元で整理することができます。至近要因は短い時間軸でのメカニズムの説明、発達は短い時間軸でのプロセスの説明ということになります。一方機能は適応で生じますから、長い時間軸でのメカニズムの説明で、進化は長い時間軸でのプロセスの説明です。機能と進化または系統についての問いをまとめて、「究極要因」と呼んだりもします。これら4つの問いはどれが一番重要というものではなく、同じ行動について異なる視点から考察しているものなので、どれも同じように重要です。
 しかしながら、この違いを理解せずに混同してしまっている例も見かけます。例えば究極要因の話をしているのに、それはこういった至近要因で説明できるので間違いだ、と反論しているつもりになっている人がいたりするので注意してください。具体的には、私たちが果物を食べるのは霊長類がビタミンCを体内で合成できないからだ、という話をしているときに、いやそれは単に美味しいからでしょう、というようなものですね。
 では、絵や写真といった目の刺激によって利他性が高まることの機能として、何が考えられるでしょうか?利他行動は進化生物学においては、やり手の適応度を下げて受け手の適応度を上げる行動と定義されます。利他行動に関わる遺伝子があったとすると、利他行動をやればやるほど適応度が下がるので、自然淘汰によってこのような遺伝子は減っていく、つまり生物は利他行動をしない方向に進化していくはずです。ところが、現実には多くの生物種で親子やきょうだいのあいだで助け合いがみられるし、私たちヒトのように、赤の他人のために寄付をしたり臓器を提供したりといった、高度な利他行動がみられる種もいますよね。なぜそうなのか、というと、利他行動によって個体の適応度は下がるかもしれないが、利他的な個体どうしで集まることができれば、集団レベルで適応度を上げることができるからです。これを「複数レベル淘汰」といいます。プライス方程式という進化の一般的な方程式を拡張すると、このように、形質が似たものどうしが集団を形成すれば利他行動に関連した遺伝子が広がっていくことができる、ということが導かれます。これを「正の同類性」といいます(小田, 2023a)。
 正の同類性が実現されやすいのは、ひとつには血縁集団です。なぜなら、血縁集団は同じ祖先からきた特定の遺伝子を高い確率で共有しており、また血縁個体どうしは近くにいることが多いので、関わりあう機会も多いからです。私たちは親子やきょうだいどうしが助け合うのは当然と思っていますが、血縁どうしのあいだで利他行動がよくみられるのは、そのような理由によるのです。ただ、正の同類性が実現できれば、必ずしも血縁どうしでなくとも利他行動は進化することができます。非血縁者間の利他行動の進化を説明するものとして、互恵的利他主義の理論があります。たとえ利他行動によって適応度が下がっても、後で相手から同じだけ返してもらえば、差し引きはゼロだしお互いに困っているときに助かるよね、という理論です(Trivers, 1971)。特に人間社会では、「情けは人の為ならず」ということわざのように、助けた相手ではなく、廻り廻って別の相手からそのお返しがある、ということがよくあります。それによって、誰かに利他行動をしたことの埋め合わせができているというわけですね。これを間接互恵性といいます。
 間接互恵性が成り立つために大事だと考えられているのが、第三者からの評判です。互恵性が成り立つためには、フリーライダー、つまり助けてもらうだけでお返しをしない人が排除される必要があります。これは要するに、ちゃんとお返しをする人だけで集団を形成する、つまり正の同類性が確保されているということです。誰かに利他行動をするところを第三者が見ていて、ああ、こいつはいいやつだ、という評判が立つと、たとえ利他行動のコストを払っても、周りから良くしてもらえるので埋め合わせができます。逆に、誰かを助けるべきときに助けなかったところを第三者に見られてしまうと、互恵的な関係から外されてしまうかもしれません。そこで、他人の目があるときにはより利他行動をする、という心のメカニズムが進化したのではないかというわけです。
 もちろん、それは意識的なものとは限りません。そもそも目の絵や写真は二次元であり、本物ではないですよね。しかし、私たちは物理的にはインクのシミでしかない漫画を読んで笑ったり感動したりしますし、エッチな写真で興奮したりもするでしょう。私たちの過去の研究では、目の刺激があると、実際にはそうではなくても「これは気前よく振る舞った方が自分にとってプラスになる状況なのだ」と実験参加者が解釈してしまうということが分かっています(Oda et al., 2011)。一方で、目の刺激にはゴミのポイ捨てなどといった反社会的な行動を抑制する効果もあります。こちらは規範を守っていないところを第三者に見られてしまうと悪い評判が立ってしまうからでしょう。このように、ヒトの心に対してある淘汰圧がかかったとしたら、どのようなしくみになっているだろうかという仮説を立て、それを実験や調査によって検証するのが進化心理学です。具体的にどのような淘汰圧があったのかについては、過去のことなので厳密には分かりません。しかし、様々な可能性について検証していくことで、私たちの心についての理解がより進んでいくわけです(小田, 2023b; 大坪, 2023)。

3. 利他性を活かすには

 このような目の絵の影響以外にも、他者の表情や身ぶりを見ただけで、その人がどれくらい利他的なのかということをある程度正確に判断できるとか、利他的な人の方がよく記憶されているなど、私たちには利他性について正の同類性を保たせるような、さまざまな心のしくみがあることが明らかになっています(小田, 2011)。私たちヒトに高度な利他性があるのは、初期の人類が大きな牙や爪をもたず、速く走ることもできない無力な存在だったからです。直立二足歩行を始め、東アフリカのサバンナに広がっていった人類にとって、適応の手段となったのは集団だったのでしょう。集団を形成し協力しあうことによって、無力だったヒトは捕食者に対抗し、食物を効率よく集め、文化を発展させていきました。そのなかで利他行動に適応した心のしくみが進化していったわけですが、やがて農業を始めて人口密度が高くなり、文明が興ると集団は組織化され、それまでには無かったような大きな規模になっていきました。
 このように集団が大きくなってくると、単なる社会行動への認知的適応や規範といったものだけでは維持できなくなってきたことでしょう。そこで、制度というものがつくられました。制度とは、ごく一般的にいうと社会の構成員やその社会の統治者が、決まりごととして定めた、あるいは認めたものといえます。法、あるいは何らかのルールとして定められた明示的なものもありますが、慣習のように、必ずしも明示的ではないものもあります。これまでみてきたように、非血縁である他者への利他行動は、何らかのお返しがあるということによって成り立っています。私たちにはそのお返しを確実にするためのさまざまな心のしくみがありますが、これを制度としてしまうことにより、はるかに確実かつ効率的に利他性を発揮することができるようになりました。具体的な例としては、社会保障や献血の制度が挙げられるでしょう。
 現代社会に生きる私たちは、現在数え切れないほどの制度のなかで生活しています。例えば会社という制度がなければ給料がもらえないし、その会社もさまざまな制度によってつくられています。また、会社まで通勤するのに使う道路や交通機関も、国家や自治体などの制度があって初めて成り立っているものです。制度はヒトがつくりあげた人工物です。しかし、そこにはやはり私たちが生物として備えている特性が影響してきます。制度を機能させたければ、単純に合理的なものにするのではなく、私たちが進化によって身につけた性質をうまく引き出すようなかたちの設計にするということが考えられるでしょう。そのためにはまず、進化によって形成されてきたヒトの本性というものを客観的、科学的に明らかにすることが必要です。そのような研究は差別や偏見を助長することにつながる、たとえ研究者に差別する意図がなくても差別主義者に利用されることがある、といった批判を目にすることもあります。そうかもしれません。しかし、ヒトがどのような生物であるのかという現実を把握せずに、さまざまなことを考えたり判断したりすることの方がよほど危険です。事実から目を背けて理想を語ることは心地よいかもしれませんが、そんなものに意味があるでしょうか。もちろん、ヒトが進化によってある行動傾向をもっていたとして、それが正しい、あるいはそうしなければならない、ということにはなりません。ただ、ヒトがどういう存在であり、どのような特徴をもっているのかということについての正しい知見は、社会をより良くしていくうえで不可欠なのではないでしょうか。

引用文献

小田亮(2011)『利他学』新潮選書.
Oda, R. (2019) Is the watching-eye effect a fluke? Letters on Evolutionary Behavioral
Science, 10, 4-6.  https://lebs.hbesj.org/index.php/lebs/article/view/lebs.2019.68/259
小田亮 (2023a)「サルでもわかるプライス方程式」note記事
https://note.com/ryo_oda1967/n/n7c6bb17e1293
小田亮 (2023b)「進化心理学とは何(ではないの)か?」小田亮・大坪庸介編『広がる!進
化心理学』朝倉書店, 1-11.
Oda, R. & Ichihashi, R. (2016) Effects of eye images and norm cues on charitable donation:
A field experiment in an izakaya. Evolutionary Psychology, 14, 1474704916668874
https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/1474704916668874.
Oda, R., Niwa, Y., Honma, A., & Hiraishi, K. (2011) An eye-like painting enhances the
expectation of a good reputation. Evolution and Human Behavior, 32, 166–171.
大坪庸介(2023)『放送大学教材 進化心理学』放送大学教育振興会.
Tinbergen, N. (1963) On aims and methods in ethology. Zeitschrift für Tierpsychologie. 20,
410–433.
Trivers, R. L. (1971) The evolution of reciprocal altruism. Quarterly Review of Biology, 46,
35–55.