東京都立大学経済経営学部教授
水越 康介KOSUKE MIZUKOSHI
略歴
神戸大学大学院経営学研究科修了、博士(商学)。専門はマーケティング論。2005年より東京都立大学(旧首都大学東京)研究員を経て2019年より現職。主な書籍として、『本質直観のすすめ。』(東洋経済新報社、2014年)、『マーケティングをつかむ』(共著、有斐閣、2017)、『ソーシャルメディア・マーケティング』(日経文庫、2018年)、『応援消費 社会を動かす力』(岩波新書、2022年)など。
1.応援消費とはなにか
応援消費という言葉は、苦境の地域や業界を消費で支援することを意味し、2011年の東日本大震災を契機にして広く使われるようになった(渡辺, 2014; Stanislawski, Ohira, & Sonobe, 2015)。その後、2020年からのコロナ禍において、再び応援消費という言葉が注目されるようになる(Mizukoshi & Hidaka, 2020; 水越, 2022)。図1にみるように、新聞紙面上での出現数も2011年と2020年に二つのピークがみられる。
応援消費は2020年の日経MJヒット商品番付で東の大関に選ばれるなど、東北に限らず、日本全国において使われるようになっている。2020年12月5日の朝日新聞では、応援消費をしたことがあるかどうかの調査結果が紹介されている。1581人のうち半数を超える52%が応援消費をしたことがあり、さらにいいえと答えた人のうちでも、53%は機会があればやりたいと答えたとされる。
コロナ禍を経て、2011年から変わったのはその対象地域だけではない。今日では、応援消費が意味することはさまざまである。消費を通じて応援できるのならば対象は何でもよい。東日本大震災の際には、義援だと思って東北産のリンゴを購入したことが応援消費であるとされた。観光で被災地に赴くことも応援消費になる。今では被災地だけではなく、コロナ禍で困っている店舗はもちろん、休業しているライブハウスやアーティストを支援する動きや、クラウドファンディングやふるさと納税を行うこともまた、応援消費であるとみなされる。化粧品を買うときにすら、「支援・応援のために」公式店舗や通販で買うことがあり、人によってはこれも応援消費に含まれる。2020年12月13日の日経MJでは、「演劇から飲食店、化粧品−−。応援消費はあらゆる分野に広がる」とある。応援消費という言葉自体は知らなくても、言われてみれば消費を通じた応援活動をいつの間にか行っていたと気づくこともある。
アーティストを支援する動きと関連して、特に類似した言葉として推し消費や推し活を挙げることができる。推し活とは、好みのアイドルやアニメのキャラクターなどを熱狂的に応援する活動であり、応援対象は「推し」と呼ばれる。こちらは応援消費とは異なり、倫理的な性格を伴わない。ただ興味深いことに、この言葉は、2021年10月27日の読売新聞ではAKB 48の飛躍により10年くらい前から広がったとされている。さらに2021年には、推し活が流行語大賞にノミネートされてもいる。つまり、応援消費と推し活という言葉が用いられるようになった時期はほぼ一致しており、より一般に広がりをみせたのも同じくコロナ禍を前後してである。倫理性の程度の違いはあるが、消費行動を通じて、他者や社会を応援する動きが総じて強まってきているとみることができる。
2.応援消費を促進する3つの要因
この10年余で応援消費が広まった大きな要因の一つとして、インターネットやSNSを中心とした情報技術の発達が挙げられる。被災地の農作物を購入したいという場合、従来であれば、流通業者がその農作物をまず仕入れ、その上で一般の人々に各地域で販売する必要があった。しかしながら、インターネットやSNSの発達により、売り手と買い手はプラットフォーム上で直接取引ができるようになった。配送はもちろん必要であるが、売りたいという情報発信も容易であり、買いたいという人々も簡単にアクセスすることができる。また、応援消費の文脈で語られるクラウドファンディングといった仕組みを用いれば、人々から少額の支援を効率的に集めることによって、まとまった資金を得ることもできる。
もちろん情報技術が普及する以前から、被災地や困っている人々を応援する消費行動はみられていた。例えば、1995年の阪神・淡路大震災の頃の新聞記事では、復興セールが行われていたことが紹介されている。と同時に、神戸での商品購入が支援にもつながるという逸話について、眼から鱗が落ちるような新しい発想であるとも紹介されている。1995年はインターネット元年とも呼ばれ、ウィンドウズ95やPHSが話題となった時期でもある。このころから情報技術に後押しされ、応援消費が具体的に姿を見せ始めたものと考えられる。
二つ目の要因として考えられるのは、日本の文化性である。倫理性を伴う応援消費という点からは、寄付やボランティア活動を比較対象として想定することができる。この際、特に日本では長らく寄付文化が存在しないことが指摘されてきた。寄付文化は欧米では宗教とも結びついているとされ、日本での寄付文化の醸成はたびたび議論されている。また日本では陰徳の文化も存在し、寄付しないだけではなく、寄付しても公言しない、公言してはならないとも考えられてきた(Stanislawski, Ohira, & Sonobe, 2015)。
こうした文化において、消費行動を通じて、寄付やボランティアと同様に困っている組織や人々に貢献できるという応援消費は、受け入れやすいものであったと考えられる。消費行動は、基本的には自分のための行動であり、食材であれば美味しいものが食べたいという気持ちや、旅行であれば美しい景色を見たいといった自己の欲求にもとづいている。応援消費は、寄付やボランティアではなく消費行動であると考えることができ、陰徳のために隠す必要もない。
最後に三つ目の要因として、日本の特殊性だけではなく、こうした応援消費の広まりを世界的な傾向として捉えることができる。この際に重要になるのは、1980年代以降、着実に世界的に広まってきた新自由主義的な発想である。新自由主義とは様々な文脈で語られるものの(稲葉, 2018)、ここでは特に市場原理を用いることで社会をより良くすることができるという考え方一般を指している。
市場においては、さまざまな活動に対価が設定されるようになる。寄付やボランティアも例外ではない(仁平, 2011)。本来的に寄付やボランティアは対価を伴わない一方向的な贈与であるが、寄付やボランティアを促進させるためには、お礼を設定することや、場合によっては金銭的な保証を行うことが有効な方法となりうる。いわゆる寄付付き商品や有償ボランティアなど、これらはすでに日常的にみることができるようになっている(大平, 2019)。応援消費は、こうした新自由主義的な発想に後押しされることによって、応援するという贈与的な行動が消費と結び付けられたものであると考えることができる。
3.政治的消費主義
消費行動を通じて社会を変えようという試みや考え方を政治的消費主義と呼ぶ。もっともよく知られる行動はボイコット(boycott)運動であり、消費行動を結びつく場合には不買運動として展開される。これに対して、購買行動を通じて対象組織や企業を支援する試みはバイコット(buycott)運動と呼ばれる。応援消費は、バイコット運動としての側面を持っている。
バイコット運動は、古くから行われてきた一方で、世界的に注目されるようになってきたのはやはり1990年代以降である(Friedman, 1999)。国や文化によっても違いがあり、特に北欧ではボイコットだけ、バイコットだけ、それから両方を行うという人々の割合が5割に達している(Yates, 2011)。アメリカもほぼ同様であり、調査によってばらつきはあるが3割から5割程度がバイコットやボイコットを行っている(Copeland, 2014; Endres & Panagopoulos, 2017)。
日本では、ボイコットに比べるといよいよバイコットという言葉は知られていない。社会的、倫理的な理由で消費行動を行うことがあるか(バイコット)、あるいは取りやめることがあるか(ボイコット)という問いに対しては、おおよそ2割程度があると答えている。
応援消費という点では、日本でも約5割の人々がコロナ禍において行ったと答えていた。こちらは、必ずしも社会性や倫理性の強くない、推し活に近い消費行動も含まれていると考えることができる。そもそも推し活という場合、AKB48から思い起こされるのは「総選挙」であり、消費行動を投票と見做すという点では政治的消費主義の性格を有している。冒頭で述べたとおり、応援消費と推し活は倫理性の有無という点で区別されるが、類似点も多く見出すことができる。日本においても、応援消費と合わせて、今後はバイコットをはじめとした政治的消費主義の涵養が進むことが予想される。
4.消費行動の新しい可能性
寄付やボランティアと合わせ、社会や他者、あるいは環境への配慮が高まることは現代において重要なことである。その意味において、応援消費の広まりは歓迎すべきものであろう。同時に、その背景として市場の役割が大きくなっていることについては、注意すべきでもある。応援と消費という二つの行動について、理想的には応援の比重を高めるべきであって、消費はそのための手段であることが望ましい。このバランスを具体的にどのように取っていくのかを考え実践することが、これからの社会には求められている。
参考文献
Copeland, L. (2014). Conceptualizing political consumerism: How citizenship norms differentiate boycotting from buycotting, Political Studies, 62(S1), 172-186.
Endres, K. & Panagopoulos, C. (2017). Boycotts, buycotts, and political consumerism in America, Research and Politics, 4(4), 1-9.
Friedman, M. (1996). A positive approach to organized consumer action: The ‘‘buycott’’ as an alternative to the boycott, Journal of Consumer Policy, 19, 214-227.
稲葉振一郎(2018). 「新自由主義」の妖怪――資本主義史論の試み, 亜紀書房.
水越康介(2022). 応援消費 社会を動かす力, 岩波新書.
水越康介・大平修司・スタニスロスキースミレ・日高優一郎(2021). 日本におけるバイコットおよびボイコットに関する一考察 応援する消費行動の考察に向けて, JSMDレビュー, 5(1).
Mizukoshi, K. & Hidaka, Y. (2020). Pandemic and Õen Consumption in Japan: Deliberate Buying to Aid the Seller, Markets, Globalization & Development Review, 5(3), Article 3.
仁平典宏 (2011). 「ボランティア」の誕生と終焉 <贈与のパラドックス>の知識社会学, 名古屋大学出版会.
大平修司(2019). 消費者と社会的課題―ソーシャル・コンシューマーとしての社会的責任, 千倉書房.
Stanislawski, S., Ohira, S., & Sonobe, Y. (2015). Consuming to Help – Post-Disaster Consumption in Japan, Asia-Pacific Advances in Consumer Research, 11, 76-79.
渡辺龍也 (2014). 「応援消費」東日本大震災で「発見」された消費の力, 現代法学, 26, 311-342.
Yates, L. S. (2011). Critical consumption: Boycotting and buycotting in Europe. European Societies, 13(2), 191-271.