寄付によって生まれる恩恵と寄付者満足度について考える

信州大学社会基盤研究所特任講師
渡邉 文隆FUMITAKA WATANABE

略歴
京都大学博士(経営科学)。大学時代にはあしなが学生募金にボランティアとして参加するとともに、ブラジルとウガンダでNPO活動を行う。環境ビジネス企業、京都大学iPS細胞研究所基金室長を経て、現在は大学関連法人でのファンドレイジング実務の傍ら、寄付についてマーケティング論の観点から研究。『寄付白書2021』の執筆に協力し、新型コロナウイルス感染症と寄付に関する部分を担当した。科学的な根拠に基づいて、より効果的なファンドレイジングを行い、寄付者の満足と寄付先団体にとっての成果を両立する方法を模索。

1.寄付が持つ「寄付者にとっての恩恵とは」

 寄付は、困っている人や社会のためにすることだ。これは、寄付についてのごく普通の考え方だと思われる。寄付による見返りを期待することは道徳的に望ましくとされるばかりか、それを要求するというレベルになると、法的な問題になることもあろう。一方で、寄付という行為には、寄付者にとって何の恩恵もないかというと、そんなことはないだろう。米国はもちろん、日本においても、寄付市場は年間1兆円を超えている。
 寄付者は、寄付という行為によって発生する効用を意識するからこそ、寄付を行うはずだ。ここで、寄付によって生まれる効用を、寄付が使われることによる社会にとっての効用と、寄付をする側の効用に分け、本稿では主に後者について考えてみる。

経済的な対価がないのに、なぜ寄付をする人がいるのか

 人々はなぜ寄付するのか―この問いは、たくさんの研究者によって研究されてきた。まず、日本について考えるために『寄付白書2021』をひもとくと、寄付の動機・きっかけとしては「関心があったから」とか「毎年のことだから」、「自治会や町内会が集めに来たから」等が挙がっている(日本ファンドレイジング協会編 2021:36)。内閣府の令和元年度の「市民の社会貢献に関する実態調査報告書」(https://www.npo-homepage.go.jp/uploads/r-1_houkokusyo.pdf 2022年5月31日アクセス)では、「寄付をした理由」を聞かれた時に一番多かった回答が「社会の役に立ちたいと思ったから」、2番目が「町内会、自治会の活動の一環として」、3番目は「自分や家族が関係している活動への支援」だった(内閣府, 2020:22)。日本の調査では、人々が「関心がある」テーマについて、「社会のために」と思って寄付をしていることが多いことが読み取れる。

 海外の研究を少し覗いてみると、もう少し違った風景が見えてくる。様々な分野の寄付研究を500件以上読み込んで執筆された論文(Bekkers & Wiepking, 2011)では、寄付を促進する要因として以下の8つを挙げている。

・寄付を求める人々や団体「ニーズ」を認知すること
・寄付の依頼を受けること
・寄付にかかる費用が減ったり(寄付者特典などの)利得が増えること
・利他性
・評判
・心理的な便益(寄付自体の喜び、自己イメージの改善)
・価値(向社会的/スピリチュアル/政治的な価値など)
・寄付がもたらす効力

 上記のような研究に目を通すと、日本の調査ではあまり強く見えてこないような、「寄付をする側の効用」も、詳しく研究されてきていることが分かる。

寄付の恩恵―心理的なベネフィットと社会的健康

 上記のような研究から、寄付によって人々が受け取る心理的なベネフィットとしては、

・自己イメージが良くなる
・より高い評判や栄誉を得ることができる
・アイデンティティに沿った自分に近づくことができる
・寄付そのものによって良いことをしたという満足感を得られる
・自分の社会的な価値を実現したり政治的な考え方を表明できる

といったものがあるということが見えてきた。ところが、実は寄付がもたらす寄付者への恩恵はこれに留まらない。
 WHO憲章による健康(well-being)の定義には、肉体的健康、精神的健康、社会的健康の3つが含まれている。寄付をしたことで肉体的健康を得る、ということは考えにくいとしても、寄付行動は精神的健康や社会的健康に良い影響を与えるのだろうか?

 米国において、1995年~1996年の寄付行動が、その9年後の精神的健康にどう影響しているかを調べた研究がある(Choi & Kim, 2011)。結果としては、寄付をしていなかったグループと比べて、寄付をしていたグループはより高い精神的健康を示していた。しかもこの効果は、月に1-100ドルの寄付をしていたグループよりも、月に101ドル以上の寄付をしていたグループでより強かった。これだけを見ると、「寄付をするような人はもともと恵まれた環境で生きているから、後年の精神的健康も高いのでは?」と思ってしまうところだが、この調査では、1995年~1996年の時点での精神的健康や人的・文化的・社会的資本を統制してもなお(小さいながらも)寄付が9年後の精神的健康に対してポジティブな影響を及ぼしていた、としており、説得力が高い。ただし、この研究ではなぜ寄付が後年の精神的健康に影響するのかについては検討できていない。
 より最近のものでは、英国の複数時点でのクロスセクションデータを用いた研究において、特に地元の団体への寄付が主観的なwell-beingと関連するということが示されている(Appau & Awaworyi Churchill, 2019)。この研究では、精神的健康と社会的健康を分けていないが、地元の団体であれば寄付者として団体の職員や受益者と接することができる可能性が高いだろうから、(寄付者個人の内的な精神的満足というよりも)社会的健康の要素も含まれているのかもしれない。
 加えて、幸福度(Happiness)研究の文脈でも、寄付が幸福度を高めることに加えて、幸福度の高い人が寄付をしやすいという循環的な関係が指摘されている(Anik et al., 2009)。一方、社会的行動で幸福度が上がる効果は短期的なものでは?と疑問を投げかける研究もあり(Falk & Graeber, 2020)、これからの研究が待たれる分野である。仮にその効果が短期的であったり、ささやかなものであったとしても、人のため、社会のためにする寄付が自分にも返ってくるとしたら、なかなか嬉しい話だ。

「あなたにも良いことがあるから寄付をしませんか?」は効果があるのか

 このように、寄付という行為はどうやら寄付者自身にも恩恵があるようだ。では、寄付を募集する際に、「あなた自身が幸せになるために寄付をしましょう」と呼びかけてはどうだろうか?多くの人は、寄付がもたらす恩恵に自覚的でないだろうから、このような呼びかけは寄付を一気に増やしてくれるかもしれない。
 実は、このようなメッセージは寄付を促進するどころか、逆効果であることが示唆されている。それは、寄付という社会的な行為をしようという内発的な動機を、外発的な報酬を提示することによって損なってしまうからだとされている(Anik et al., 2009)。同様に、寄付に対する物理的なお礼の品は初回の寄付を阻害してしまうことが知られているが(Newman & Jeremy Shen, 2012)、たとえ無形の報酬であっても、その見返りのために寄付をしませんか?というメッセージは寄付の最も大切な価値を削いでしまうのかもしれない。
 少し遠回りになるが、寄付をしていない人に対して有形・無形の報酬を提示して寄付をしてもらう、という発想から離れ、まずは今寄付をしてくれている人々により大きな満足を感じてもらうことを考えてみたい。