3.慈善団体に対する不信感が強い
寄付に対する強い不安感は、寄付を集める慈善団体に対する不信感の強さの現れでもある。日本では慈善団体に対する信頼感が他国に比べてかなり低いことが知られている。
図 2 は世界各国で同一の調査項目を用いて国際比較意識調査を行っている世界価値観調査(World Values Survey)の第 7 波調査(2017-2020 年)における「慈善団体(charitable or humanitarian organizations)」に対する信頼感の回答を示したものである(Haerpfer et al. 2022)。
日本では慈善団体に対して「非常に信頼する」との回答が 2.2%、「ある程度信頼する」との回答が 29.1%となっている。約 3 割の人々しか慈善団体を信頼していないという状況は、他国とは大きく異なっている。他国においては慈善団体を信頼する人々の割合は概ね 5 割を超えている。他国に比べて、日本では慈善団体が現状では十分信頼されていない。
もう 1 つ別のデータを見てみよう。図 3 は筆者が 2020 年 3 月に楽天インサイトの登録モニターを用いたオンライン意識調査において調べた諸組織に対する信頼感の回答である。
「寄付を集める慈善団体」を信頼していない(「まったく信頼していない」と「あまり信頼していない」の合計)人の割合は 81%である。「寄付を集める慈善団体」に対する不信感は、国会議員やマスコミへの不信感に次ぐほどの高水準である。市民社会の諸組織の中でも、生協、自治会・町内会、NPO、労働組合に対する不信感はそれほど高くはなく、「寄付を集める慈善団体」に対する不信感がとくに際立っている。
興味深いのは、実態としては、ほとんどの場合「寄付を集める慈善団体=(広義の)NPO」であるにもかかわらず、表現の仕方の違いで両者の間で不信感の水準が 30 ポイント近くも異なってしまう、という点である。団体が「寄付を集める」という行為自体に対して、強いマイナスのイメージが存在している。背景には寄付を集める慈善団体は「偽善だ」「私腹を肥やしている」「募金詐欺をしている」などの偏見があるのかもしれない。筆者が別途行ったサーベイ実験の研究(坂本ほか 2020)においても、「多額の寄付を集めている」団体は、「ボランティア参加を重視」している団体に比べて、「参加したい」対象団体として選ばれる確率が約 18%低くなることが推定されている。
以上のように日本では寄付を集める慈善団体に対するイメージは、現状では相当悪い。「信頼できない」団体に対して寄付をするからこそ、「ちゃんと使われているか不安に思う」人が多くなるのであろうし、「本当は何か困っている人のために寄付したいけれど、既存の慈善団体が信頼できないので寄付はしない」という人も潜在的には相当数いることが推測 される。
潜在的に「寄付したい」と思っている人々を寄付行動に向けるためにも、寄付を集める慈善団体の信頼性向上は喫緊の課題といえる。各慈善団体がこれまで以上に力を入れて、自団体の PR 活動に積極的に取り組んでいく必要があるだろう。また、認定特定非営利活動法人日本ファンドレイジング協会が推進している「社会貢献教育」プログラム(https://jfra.jp/ltg/2022 年 3 月 10 日アクセス)のように、教育現場において寄付と慈善団体の実態と意義を正しく理解させるための教育プログラムの展開も望まれるところである。
4.多額の寄付を集める団体も存在している
全体としてみれば、日本では寄付を集める団体への信頼感は低い。しかしながら、中には人々の高い信頼を得て、多額の寄付集めに成功している団体も存在している。
たとえば、保護者が死亡した、または保護者が障害を負っている家庭の子どもたちへの教育支援と心のケアを行う慈善団体である一般財団法人あしなが育英会は、一般にもよく知られた団体である。同団体が 2020 年度の 1 年間に集めた寄付金総額は約 70 億円であった(あしなが育英会ウェブサイトに掲載の「2020 年度正味財産増減計算書」より引用https://www.ashinaga.org/ja/documents/2020_zaisanzougen.pdf 2022 年 3 月 8 日アクセス)。
筆者は 2021 年 2 月に楽天インサイトの登録モニターを用いたオンライン意識調査において、人々のあしなが育英会に対する感情温度を尋ねたことがある。感情温度とはある人物や団体について、最も反感を抱く場合には 0 度、好意も反感もない場合は 50 度、最も好感を抱く場合には 100 度として、対象人物/団体に対する好感や反感の程度を尋ねるものである。政治学では、有権者の政党や党首に対する好悪の感情を調べる際に古くから用いられてきた指標でもある。
あしなが育英会の感情温度を調べると、平均 56.9 度であった(N=1,396, 標準誤差=0.513)。別途、「NPO」に対する感情温度も調べると、平均 51.2 度(N=1,410, 標準誤差=0.475)であり、あしなが育英会の方が統計的に有意に感情温度は高いことがわかった(図 4)。
日本では全体として見れば寄付を集める慈善団体のイメージは悪いものの、あしなが育英会のように、個別に見れば人々から良いイメージをもたれる慈善団体も一部には存在している。そういった団体は一体何が違うのだろうか。どういった要素がその団体の好イメージ形成や多額の寄付集めの成功に寄与しているのか。こうしたミクロレベルで見た場合の慈善団体の「成功」と「失敗」の違いを説明する研究は、まだ日本では十分行われていない(既存の分析例としては、馬場ほか(2013)、河村・楠見(2015)、善教・坂本(2017, 2020)がある)。今後の本格的な調査研究の展開が待たれるところである。