なぜ日本人は寄付をしないのか

5.自己責任意識と寄付の関係とは?

 なぜ日本人は寄付をしないのか。その原因を考える際に、もう 1 つ考えなければならないのが、自己責任意識の影響である。
 よく知られているように、対GDP 比の一般政府支出額や人口あたりの公務員数で見る限り、日本は世界有数の「小さな政府」の国である(前田 2014)。政府が提供する公共サービスが貧弱であることも影響して、日本ではしばしば「自分が抱える問題はできるだけ自助努力と自己責任で解決すべき」という考え方が強調される。
 図 5 は、国際比較意識調査である ISSP(International Social Survey Programme)2016「政府の役割」調査(https://www.gesis.org/en/issp/modules/issp-modules-by-topic/role-of-government/2016 2022 年 3 月 10 日アクセス)における「失業者がそれなりの生活水準を維持できるようにすることは、政府の責任だと思うか」との設問に対する各国の回答結果を示したものである。

日本では「失業者の生活保障は政府の責任だ」と答える人が 53%しかおらず、47%の人が「政府の責任ではない」と答えている。失業問題は自己責任で、と考える人が日本では相対的に多いことがうかがえる。
 筆者が行った研究(坂本 2021)では、こうした自己責任意識が強い人ほど、寄付や市民活動などの共助活動に参加したがらない傾向があることが明らかになっている。ここでも改めて自己責任意識と寄付の関係をデータで確認してみよう。
 図 6 は、「困っている人のために寄付をしたい」との寄付意欲を従属変数とする二項ロジスティック回帰の結果から推定した、自己責任意識の寄付意欲に対する影響力を示したものである。独立変数は「A:自分のことは自分で面倒をみて責任をとるような世の中が望ましい」「B:人々の間で支え合うような世の中が望ましい」という 2 つの意見を提示して、どちらの意見により近いかを答えてもらった回答から指標化した「自己責任意識」である。「自己責任意識」変数は A の意見により近いほど値が大きくなるような 5 点尺度で測定されている。統制変数には性別、年齢、学歴、世帯収入、職業、左派政党支持、一般的信頼感を投入している。つまり、それら統制変数の影響はコントロールしたうえでの、自己責任意識の寄付意欲に対する影響力を図 6 では示している。
 図 6 の推定結果によれば、「自己責任意識」が最小の 1 の場合は「困っている人のために寄付をしたい」との寄付意欲をもつ確率は 49%であるのに対し、「自己責任意識」が最大の5 の場合には同確率は 26%にまで低下する。自己責任意識が高まれば高まるほど、寄付をしたい気持ちが弱まっていく関係性が見てとれる。

 このように自己責任意識が強ければ強いほど、「小さな政府」志向になるだけではなく、「小さな寄付」志向にもなるのである。日本における寄付の少なさの淵源として、こうした日本特有の自己責任意識の強さが影響している可能性がある。「自分の抱える問題はできるだけ自助努力と自己責任で」という考え方を今後改めていくことによって、日本における寄付が大きく推進されるかもしれない。
 以上示してきたように、「寄付をしない日本人」を変えていくためには、私たちの心の中にある寄付に対する不安感、慈善団体に対する不信感、自己責任意識をいかに取り除いていくのかがきわめて重要な課題となる。

参考文献

河村悠太・楠見孝.2015.「募金広告の描写が援助対象への顕在的・潜在的評価及び寄付行動に与える影響」『心理学研究』86 (1):21-31.
坂本治也.2021.「新自由主義は市民社会の活性化をもたらすのか―自己責任意識と市民的参加の実証分析」『選挙研究』37(5):1-17.
坂本治也・秦正樹・梶原晶.2020.「NPO への参加はなぜ忌避されるのか―コンジョイント実験による忌避要因の解明」『年報政治学』2020-Ⅱ:303-327.
善教将大・坂本治也.2017.「何が寄付行動を促進するのか-Randomized Factorial Survey Experiment による検討-」『公共政策研究』17:96-107.
善教将大・坂本治也.2020.「サーベイ実験の再現可能性と外的妥当性-オンラインフィールド実験による追検証-」『ノモス』46:1-15.
日本ファンドレイジング協会編.2021.『寄付白書 2021』日本ファンドレイジング協会.
馬場英朗・石田祐・五百竹宏明.2013.「非営利組織の財務情報に対する寄付者の選好分析」『ノンプロフィット・レビュー』13 (1):1-10.
前田健太郎.2014.『市民を雇わない国家-日本が公務員の少ない国へと至った道』東京大学出版会.

Haerpfer, C., Inglehart, R., Moreno, A., Welzel, C., Kizilova, K., Diez-Medrano J., M. Lagos, P. Norris, E. Ponarin & B. Puranen. eds. 2022. World Values Survey: Round Seven – Country-Pooled Datafile Version 3.0. Madrid, Spain & Vienna, Austria: JD Systems Institute & WVSA Secretariat.