高等教育と科学研究を支える寄付

鎌倉女子大学学術研究所准教授
福井 文威FUMITAKE FUKUI

略歴
東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。専門は、高等教育政策、アメリカ大学史。日本学術振興会特別研究員DC、政策研究大学院大学ポストドクトラルフェロー、同大学助教授等を経て、フルブライト研究員としてコロンビア大学ティーチャーズカレッジに派遣(2018-2020)。現在、鎌倉女子大学学術研究所准教授。その他、内閣府科学技術政策フェロー、私学高等教育研究所研究員、日米教育委員会フルブライト奨学生書類選考委員、三菱総合研究所/国立研究開発法人の財務基盤の強化及びオープンイノベーションに関する調査検討委員等を務める。主な著作・論文として、『米国高等教育の拡大する個人寄付』東信堂(単著、第17回日本NPO学会賞優秀賞、第8回日本教育社会学会奨励賞受賞)、Handbook of Higher Education in Japan, Amsterdam University Press (分担執筆)他。

1.高等教育と科学研究を支える寄付への期待

 知識基盤社会において、大学は、知の拠点として社会の発展に寄与していくことが期待され、大学の教育研究活動の活性化は国家戦略の一つにもなっている(Fukui 2021a; Geuna & Rossi 2015)。日本では大学を支える公的資金の伸びが停滞する中、高等教育政策や科学技術イノベーション政策において寄付という財源に注目が集まり、2018年の中央教育審議会答申『2040年に向けた高等教育のグランドデザイン』や2021年の内閣府『第6期科学技術・イノベーション基本計画』において、高等教育と科学研究分野への寄付の拡大が政策課題として掲げられている。
 このような動きは、日本に限った話ではない。大学政策と寄付の世界的動向を分析したDrezner(2019)は、先進諸国の大学政策において寄付が政策課題として掲げられるようになった背景として、第1に大学の活動を支えるには公的資金だけでは不十分となり寄付が必要な状況にあること、第2に大学の国際比較や世界ランキングによって、アメリカの大学の同型化(isomorphism)が強まり、各国の大学がこれをモデルとしてより多くの財源を獲得することに関心を持つようになってきていること、第3に大学は経営のベストプラクティスを採用する傾向があり、いくつかの国の大学はアメリカの大学の資金調達の成功モデルを採用していることを指摘している。
 本稿では、寄付研究の中でも大学への寄付に関する研究動向を振り返りながら、日本社会に示唆するところを論じてみたい。

2.なぜアメリカで大学への寄付は拡大したのか?

 巨額の寄付を集め、注目を浴びるアメリカの大学システムも、その歴史を辿れば、現在の高い寄付水準を一貫して維持してきたわけではない。

 図1は、1961年から2021年までのアメリカの高等教育機関に対する寄付の推移を寄付主体別(個人、企業、財団、その他団体)にまとめたものである。ここから明らかなように、アメリカの高等教育機関に対する寄付は、1980年代以降の個人寄付の急激な拡大とともに増加してきたことがわかる。この個人寄付の拡大が実現された要因として以下の点が挙げられる。
 第1に、大学への個人寄付は、株価の変動と連動していることが知られており、その背後には株式形態で寄付をした際に適用される連邦政府の大幅な税制優遇措置の存在がある(Fukui 2021b)。アメリカの連邦政府の寄付税制の特徴の一つとして、大口寄付に手厚い税制優遇を与えているという点が挙げられる。特に、金融市場で拡大した富を株式形態の寄付へと方向づける制度を採用しており、この制度は、大口寄付者によって支えられる大学や美術館にとって重要な役割を果たしてきた(福井 2018)。
 第2に、一部の州政府においてマッチングファンドの制度が採用され、寄付行動を誘発する政策が取られてきたことが挙げられる。マッチングファンドとは、非営利団体が寄付金の受取額に応じて追加的に補助金を受領する制度のことを指す。例えば、大学に100ドルの寄付をすると、それに応じて政府から当該大学に100ドルの追加的な補助金が配分される制度である。これは、寄付者からみると政府と共同して、大学の教育研究活動により大きな貢献をすることが可能となり、フィールド実験を用いた実証研究においても寄付行動を誘発する効果が確認されている(Karlan & List 2007)。アメリカにおいては、この手法は、特に州立大学への寄付を刺激する目的で導入され、既に2002年の段階で少なくとも24の州が採用しているという報告がある(Council for Advancement & Support of Education 2004)。
 第3に、大学の寄付募集に対する認識が1980年代以降に大きく変化してきたことが近年の大学史研究から明らかになってきている。具体的には、大学において寄付募集部門の組織化と専門職化が進み、大学トップの寄付募集に携わる時間も大幅に増えてきたことが明らかにされている(Cook 1997)。筆者がカリフォルニア大学で実施したアーカイブ調査からも、1980年代から寄付募集に携わる部門のコストが急激に拡大しており、大学の他の管理部門と比較しても伸び率が大きいことが確認された(Fukui forthcoming)。即ち、大学が寄付募集に対する投資を拡大してきたのである。
 以上を要約すれば、①金融市場の拡大に伴う潜在的な寄付者の富の蓄積を源泉とした上で、②政府が株式寄付に対する税制優遇措置やマッチングファンドを採用することで寄付行動を誘発するとともに、③大学側が寄付募集部門への投資を積極的に行ったことが、アメリカの大学における個人寄付の拡大の背景にあると理解できる(図2)。更に、その蓄積した寄付を大学が金融市場で運用することで、高等教育や科学研究を支える仕組みが形成されてきたと見ることができる(福井 2019)。

3.高等教育や科学研究を支える寄付者の目的は何か?

 このような現実の動きに呼応して、高等教育や科学研究への寄付者の動機を明らかにしようとする研究がアメリカを中心に蓄積されてきた。当該分野における寄付者の行動を説明する際に用いられる代表的なモデルとして、寄付者は大学から受け取った便益に基づいて寄付行動を決定しているとする社会交換理論(social exchange theory)と、寄付者は大学の活動を通じて実現されるインパクトに応じて寄付行動を決定しているとする期待理論(expectancy theory)が挙げられる(福井 2018)。
 日本における実証研究は、まだ不足していると言わざるを得ない状況にあるが、一つの手かがりとして、筆者が2022年2月に行った調査結果の一部を紹介したい。本調査では、日本人の成人男女(学生を除く)5,053名を対象に、「あなたはどのような条件や大学・政府の取り組みがあれば、大学に対してより寄付をしよう(寄付をしたことがない方は寄付をしよう)と思いますか」という質問をした。その回答結果をまとめたものが図3である。
 まず、寄付経験者の53%、寄付未経験者の44%が、寄付をする条件として「自身の経済的余裕」を選択し、寄付行動の前提としての経済的な豊かさの重要性が改めて確認された。
 続いて、「寄付の使い道に関する大学からの報告」の回答割合が高いことが確認でき、期待理論が示唆するような寄付のインパクトに関する情報の提供を大学への寄付の条件とする傾向が伺えた。反対に、「寄付者銘版への刻印」、「大学からの表彰や名誉学位の授与」、「寄付者に対する大学からのサービスや特典の充実」といった社会交換理論が示すような、寄付をしたことに対する見返りを選択した回答者は、他の項目と比較して少ない傾向が確認された。
 科学研究への寄付動機が私的便益よりも社会的便益を重視する傾向は他の実証研究でも指摘されており(網中・吉岡(小林) 2020)、高等教育と科学研究への寄付の動機は、ふるさと納税のような社会交換を前提とする寄付動機とは異なった側面が強いと考えられる。教育プログラムの質の向上、学術研究の強化、学生の経済的支援などをはじめとして、寄付者と大学の間にある「情報の非対称性」の解消が、寄付をする条件として重要視されているとも見ることができるだろう。

 上述の社会交換理論や期待理論とは異なった視点から寄付行動を説明するモデルとして、出身大学への帰属意識(sense of belonging)や出身大学への信頼(trust)から大学への寄付行動を説明する研究も展開されている。このような研究が展開される背景には、大学の場合、潜在的な寄付者と寄付受領側(大学)の関係構築の期間が長期間にわたるという構造がある。具体的には、卒業生の寄付行動は、過去の在学中の経験や、卒業後の大学との接点に影響されているという点に着目した研究と言える。
 この分野の研究動向を包括的にレビューしたIskhakova, Hoffmann, & Hilbert(2017)によれば、営利企業における顧客のリピート行動やサービスへの愛着や信頼などを説明する上で用いられてきた「顧客ロイヤリティ(customer loyalty)」(Oliver 1999)の概念を応用し、大学への寄付行動を「卒業生ロイヤリティ(alumni loyalty)」の一つの形態として捉える研究が2000年代以降に増加している。「卒業生ロイヤリティ」には定まった定義はないものの、出身大学への経済的支援(寄付)のみならず、出身大学へのボランティア支援、出身大学との情報交換、出身大学のニュースの購読、同窓会への加入、自身の子どもの入学などが含まれるとされる。

 アメリカ、イタリアなどの実証研究において、大学への寄付行動の重要なファクターとして帰属意識や信頼が指摘されており(Drezner & Pizmony-Levy 2021; Francioni et al. 2021)、筆者が日本で行った調査の結果から見ても、出身大学の一員であると感じているか否かによって、「今後寄付をする可能性なし」という回答割合が約40ポイントもの差が生まれることが確認された(図4)。しばしば、ファンドレイジングの成果は寄付の獲得額によって評価されがちであるが、大学をはじめとする潜在的な寄付者との関係性が長期にわたる非営利団体にとって、帰属意識や信頼を如何に培っていくのかという視点を持ち合わせる必要があるだろう。

4.結語

 高等教育と科学研究を支える寄付は、1980年代以降のアメリカをその端緒として、日本のみならず諸外国の政策当局者や大学関係者の関心事となり、各国の大学システムに影響を及ぼしてきた。例えば、株式寄付に対する税制優遇措置については2000年代初頭のイギリスで採用され(網倉 2004)、また、マッチングファンドは1990年代にシンガポール、2000年代初頭に香港、2000年代後半にはイギリスの高等教育政策や科学技術政策において採用され、寄付促進のための政策が大胆に展開されている(Council for Advancement & Support of Education 2004)。
 日本においては、2010年代に入り、株式寄付に対する税制優遇措置の在り方が政府で検討され始めたことに加え、これまで日本の高等教育政策において本格的に検討されてこなかったマッチングファンドも2020年代より検討が開始された。日米の家計の金融資産構成、税制に対する思想、大学の公共性に対する意識の相違に留意するとともに、諸外国で培われた知見の有効性を見極めながら、如何に日本独自の高等教育と科学研究分野における寄付のモデルを作り上げるのかは、今後の大きな課題である。
 一方、寄付先進国とも言えるアメリカでは、寄付に依存する大学システムの脆弱性も指摘されはじめている(福井 2021)。また、近年では、ファミリー財団や、寄付者が慈善基金に開設をした口座を経由した寄付(Donor-advised-fundsを経由した寄付)が増加し(図1の「財団寄付」、「その他団体の寄付」を参照されたい)、これまでの枠組みで捉えきれない新たなアクターが寄付市場には登場してきている。特に、Donor-advised-fundsは、租税回避の問題などが指摘される一方、大口寄付者にとっては多くのメリットがあり、大学側もこうした新しい動きを積極的に活用し始めている(Nguyen 2021)。
 「知識基盤社会における知を支えていく上で、寄付をどのように健全に拡大させていくのか」、この問題に頭を悩ませているのは日本だけではない。高等教育と科学研究分野における寄付研究の更なる発展が望まれている。

参考文献

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網中裕一, 吉岡(小林)徹 (2020)「日本におけるクラウドファンディングを通じた科学研究支援の動機」『研究 技術 計画』35(1), 77-95.
Cook, W. B. (1997). Fund raising & the college presidency in an era of uncertainty: From 1975 to the present. Journal of Higher Education, 68(1), 53-86.
Council for Advancement & Support of Education. (2004). Select government matching fund programs: An examination of characteristics & effectiveness.
Drezner, N. D. (2019). The global growth of higher education philanthropy & fundraising. In Y. R. Natasha & T. Arushi (Eds.), Philanthropy in education (pp. 90–104). Cheltenham: Edward Elgar Publishing.
Drezner, N. D., & Pizmony-Levy, O. (2021). I belong, therefore, I give? The impact of sense of belonging on graduate student alumni engagement. Nonprofit & Voluntary Sector Quarterly, 50(4), 753-777.
Francioni, B., Curina, I., Dennis, C., Papagiannidis, S., Alamanos, E., Bourlakis, M., & Hegner, S. M. (2021). Does trust play a role when it comes to donations? A comparison of Italian & US higher education institutions. Higher Education, 82(1), 85-105.
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福井文威(2019)「アメリカの大学における基本財産:金融危機時に果たした役割」『高等教育研究』22, 71-91.
福井文威(2021)「大学とフィランソロピー:可能性と課題」『私立大学研究の到達点』私学高等教育研究所, 114-117.
Fukui, F. (2021a). Research universities: Science, technology, & innovation policy. In P. Snowden (Ed.), Handbook of higher education in Japan (pp. 275–289). MHM Limited.
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Oliver, R. L. (1999). Whence consumer loyalty?. Journal of marketing, 63, 33-44.

※本研究はJSPS科研費JP20H01700, JP17K14015の助成を受けたものです。