2.寄付者満足度を考える
無償の寄付を受け取った非営利組織の側としては、寄付者にはできるだけ幸福を感じてもらいたい、満足してもらいたい、というのがごく普通の心情であるだろう。それに応える研究のひとつは、寄付者は自分の寄付が受益者の人生に与えた変化を把握することによって幸せを感じる、ということを示したものだ(Aknin et al., 2013)。他にも様々な研究で、寄付について具体性や手触り感(Tangibility)があることは寄付の満足度を上げ、寄付を促進すると指摘されている(Cryder & Loewenstein, 2011; James, 2017)。
非営利組織は、寄付者が「毎年のこと」として寄付を続けてくれるという期待を抱きつつ、寄付者の満足を追求するかもしれない。一方、寄付をもっと清廉なものとして捉える組織は、寄付者を称えて「満足」させるのを目指すより、寄付者に対して誠実な活動報告を行うことで「信頼」を構築することの方が大切だと考えるかもしれない。また、寄付者に対して継続して団体のミッションを伝えるなどの方法で「コミットメント」を深めてもらうことも大切だと思うかもしれない。
このような「満足」「信頼」「コミットメント」といった要素がどう寄付行動に作用するかを調べた最近の研究がある。これは、英国の5つの非営利組織の協力を得て、17,373人の寄付者に対して年の初めにアンケートを取り、12か月後に各寄付者がどんな寄付行動を行ったか集計したものだ(Shang et al., 2019)。この研究では、寄付をしようという「意図」と、実際の寄付という「行動」を区別して分析を行っている。その結果、「満足」「信頼」「コミットメント」の全てが寄付の「意図」に直接のポジティブな効果を持っていた。では、寄付者の「行動」についてはどうか。実は「行動」に直接のポジティブな効果を持っていたのは「満足」と「コミットメント」であり、「信頼」には直接の効果はなかった 。
ここで難しいのは、寄付者が何によって満足するかが、人によって異なる点だ。たとえば、寄付者銘板を喜ぶ人もいれば、そうでない人もいる。寄付をしたら感謝状がほしいと考える人もいれば、そんな費用をかけないでほしいと辞退する人もいる。これをどう考えればよいだろうか。
寄付の特典を喜ぶ人、喜ばない人
実は、マーケティングや消費者行動論分野の研究では、寄付の特典としてニュースレターに名前を載せて寄付者の名前を紹介するといった行動(Donor Recognitionと呼ばれる)がどんな時、どんな理由で、あるいはどんな人に好まれるのかを調べたものがある。
たとえば、道徳的アイデンティティ(Moral identity)が自己の中心的な価値観となっている(内面化されている)度合いと、外界に対する表現を伴っている(象徴化されている)度合いは、寄付者がRecognitionを好むかどうかを左右する、という研究がある。具体的には、道徳的アイデンティティの内面化の度合いが低く、象徴化の度合いが高い人がRecognitionを好むという(Winterich et al., 2013)。道徳的アイデンティティを強く内面化している人はそもそもRecognitionがなくても寄付をする層であり、象徴化も内面化も低いような人は寄付に対する動機がないためRecognitionには魅力を感じないというわけだ。
他にもSimpson et al.( 2018)は、潜在的な寄付者が、自己を独立的な存在として解釈している場合と、他者との相互依存的な存在として解釈している場合に分けて実験的アプローチでの研究を行い、Donor Recognitionは前者において寄付の意図や金額を減らしてしまうことを示した。この効果は、主体的な動機(Agentic motivation)が損なわれることで発生するという。やはりここでも、寄付者の主体性を大切にすることは、Recognitionで寄付者を顕彰することよりも大切だということがわかる。
より良いファンドレイジングに向けて
本稿では、寄付という行為においては、寄付者にとっての恩恵も生じるということを既存研究から確認した。しかし、それをそのまま伝えることが必ずしも寄付を増やすとは限らないことを指摘した。また、寄付者満足度を高めることは寄付の意図だけでなく、次の寄付行動につながると考えられることを説明した。ただ、寄付者の好みはそれぞれ異なり、例えばDonor Recognitionで寄付者の満足度が高まるかどうかはその人の心理的な性質にもよる、という研究を紹介した。こうした学術研究の成果は、寄付者の主体性を尊重した、より良いファンドレイジングに役立つものと思われる。日本をフィールドにした研究は少ないが、今後そのような研究が蓄積されて日本のファンドレイジングをより良いものに変えていくことを期待したい。
参考文献
Aknin, L. B., Dunn, E. W., Whillans, A. V, Grant, A. M., & Norton, M. I. 2013. Making a Difference Matters: Impact Unlocks the Emotional Benefits of Prosocial Spending. Journal of Economic Behavior & Organization, 88, 90–95.
Anik, L., Aknin, L. B., Norton, M. I., & Dunn, E. W. 2009. Feeling Good about Giving: The Benefits (and Costs) of Self-interested Charitable Behavior. Harvard Business School Marketing Unit Working Paper, 10–012.
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Bekkers, R., & Wiepking, P. 2011. A literature review of empirical studies of philanthropy: Eight mechanisms that drive charitable giving. Nonprofit and Voluntary Sector Quarterly, 40(5), 924–973. https://doi.org/10.1177/0899764010380927
Chapman, C. M., Hornsey, M. J., & Gillespie, N. 2021. To What Extent Is Trust a Prerequisite for Charitable Giving? A Systematic Review and Meta-Analysis. Nonprofit and Voluntary Sector Quarterly, 08997640211003250.
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Cryder, C., & Loewenstein, G. 2011. The Critical Link Between Tangibility and Generosity. In D. M. Oppenheimer & C. Y. Olivola (Eds.), The Science of Giving: Experimental Approaches to the Study of Charity (pp. 237–252).
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Shang, J., Sargeant, A., & Carpenter, K. 2019. Giving Intention Versus Giving Behavior: How Differently Do Satisfaction, Trust, and Commitment Relate to Them? Nonprofit and Voluntary Sector Quarterly.
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Winterich, K. P., Aquino, K., Mittal, V., & Swartz, R. (2013). When Moral Identity Symbolization Motivates Prosocial Behavior: The Role of Recognition and Moral Identity Internalization. Journal of Applied Psychology, 98(5), 759.
内閣府. 2020. 『令和元年度 市民の社会貢献に関する実態調査報告書』.
https://www.npo-homepage.go.jp/uploads/r-1_houkokusyo.pdf(2022年5月31日アクセス)
日本ファンドレイジング協会編. 2021. 『寄付白書2021』 日本ファンドレイジング協会.