日本のフィランソロピー発展の「共進化」:多面的概念と制度ロジック論の視点を通した日本のフィランソロピー再考

5.相反ロジックによるベンチャー・フィランソロピーへの影響


 ヨーロッパやアジア、さらに最近ではアフリカやラテンアメリカ等では、ベンチャー・フィランソロピーはインパクト投資と密接に関連しつつ、ハイブリッド投資として広まっている。逆に、発祥地である米国では、ベンチャー・フィランソロピーは思ったように発展しなかった。Moody (2008) が指摘したよう、ハイテク起業家達は伝統的フィランソロピーを「非効率的」と批判し、営利ビジネスや投資方法がより優れているとしてベンチャーフィランソロピーを推進したため、非営利セクターの有識者たちから猛烈な反発を受けた事が大きな要因だ。その後、筆者のインタビューでは、ベンチャーフィランソロピーを牽引してきた団体の担当者が、ベンチャーフィランソロピーは失敗であり、ネガティブな印象を与えるため今は多くの関係者があえて使用を避けているとすら語っている。
 米国でベンチャー・フィランソロピーが衰退した理由は何か。米国では、営利・非営利ロジックをヨーロッパの事例のようにうまく融合できず、その相反関係が及ぼす悪影響をうまく制御できなかった事と考えられる(Onishi 2019)。制度ロジックは強固に確立していればいるほど変化に対応せず、異なるロジックに基づく実践やアイディアをハイブリッドとして融合できない。さらに寄付大国の米国では、ヨーロッパやアジアと比べフィランソロピーの実践や概念が長い歴史を経て、フィランソロピーと公益ロジックが強固に確立している。さらに大きな問題として、起業家達は伝統的フィランソロピーを批判しつつベンチャーフィランソロピーを広めようとし、その結果、営利投資手法とフィランソロピーが真っ向から相反する結果となり融合に失敗してしまった。
 では、営利・非営利の相反ロジックを内包するベンチャー・フィランソロピーやインパクト投資、社会起業を発展させるための秘訣は何か。有効なメッセージや言語、組織構成など様々な方法があるが、効果が高いのは理事、事務局長、スタッフなどの人材を採用する際、非営利と営利の両セクターの経験がある人材を採用する事、あるいは複数の人材を採用するにあたって両セクターからそれぞれ採用する事だ。加えて異なるロジックの相反を軟化するに、ヨーロッパ・ベンチャー・フィランソロピー協会の様な両セクターをつなぐ団体の尽力が非常に大きい。このような有力団体は、未知の概念や実践を正当化(legitimize)させる役割があり、新たな概念や実践は社会で正当化されて初めて浸透・発展が可能となる。ヨーロッパ・ベンチャー・フィランソロピー協会の成功事例を見ても、米国で伝統的フィランソロピー分野とハイテク企業や投資分野を結びつけベンチャー・フィランソロピーを推進する組織がなかった事が米国のベンチャー・フィランソロピー衰退の大きな原因と考えられる。

6.日本の新たなフィランソロピー発展にみられる非営利・営利の「共進化」


 2003年にベンチャー・フィランソロピーの主要組織であるソーシャルベンチャー・パートナーズ(米国シアトル市)のモデルに基づきソーシャルベンチャー・パートナーズ東京が日本で設立された後、ソーシャル・インベストメント・パートナーズが2012年設立、さらに日本財団との共同運営で翌年に日本ベンチャー・フィランソロピー基金を立ち上げ、2017年には基金の規模を拡大するなど(https://www.businessinsider.jp/post-105059)、日本におけるベンチャー・フィランソロピーは勢いを増しているようだ。アジアン・ベンチャー・フィランソロピー・ネットワークの日本事務局もある。新経済連盟が、ベンチャー・フィランソロピーと社会的インパクト投資の想定される市場規模、必要なインフラ整備などが盛り込んだ「ベンチャー・フィランソロピーと社会的インパクト投資の促進に向けた政策提言」を2017年4月に内閣府特命担当大臣に提出するなどの動きもある。
 このように日本では、ベンチャー・フィランソロピーはインパクト投資と関連しつつ発展している。脆弱と批判された日本のフィランソロピーが、こうした「ニュー・フィランソロピー」のよって広がりを見せているのは何が要因であろうか。筆者の見解では、「フィランソロピー」という概念が日本にて紹介・推進されてきた過程の当初から、非営利セクターだけでなく企業セクターからの有識者達も深く関わり、いわば「個人フィランソロピー」と「企業フィランソロピー」が共に進化(共進化)してきた経緯にある。上述したよう、相反概念を含む新たな概念の発展と社会的認知に重要なのは、各分野の経験を有する人々や協会が主導に関わる事だ。「フィランソロピー」という外来語が導入されたきっかけは、もともと1974年9月の「北米カナダフィランソロピーミッション」だ(公益法人協会太田達夫氏、国際交流センター勝又英子氏へのインタビューから)。国際交流センター、さらに経団連、経済同友会、公益法人協会、信託協会など営利・非営利分野からの主要組織が、このミッションを通してフィランソロピーという新たな概念の導入に関わっている。事前勉強資料として用いられたのは、The Conference Board の企業寄付協議会部ディレクターによるCorporate philanthropy in the United States、つまり企業フィランソロピー関係の書物である。企業財団であるトヨタ財団から、初代専務理事の林雄二郎氏、そして山岡義典氏が日本の社会文化に合う概念として「フィランソロピー」をどう解釈し広めるかの深い考察もある。1990年初頭以降、用語としてのフィランソロピーの使用は一層広義かつ前面的となり、例えば1990年の経済白書でフィランソロピー用語が紹介され(国立民族学博物館および総合研究大学院大学出口正之氏へのインタビューから)、1991年の日本フィランソロピー協会の設立や産経新聞の連載コラム「フィランソロピー 企業と人の社会貢献」(出口 1991-1993)、さらにフィランソロピーを本題とした一般市販向けの書籍が次々に出版された。他方米国でも、有名大学や芸術団体などへの日本企業の助成が盛んになり、「買収」として米国でバッシングを受けた事もあり、米国にある日本企業の担当者達が帰国後フィランソロピー概念の紹介に努めた事も大きい。

 個人寄付が強い米国では、個人フィランソロピー概念は企業フィランソロピーに大きく影響される事なく独自に発展したため、「個人」と「企業」の相反関係は日本よりも強い。逆に日本の歴史を見ると、日本ではフィランソロピー概念が企業フィランソロピー発展と同時、つまり「非営利・営利の共進化」として発展していった。こうした日本のフィランソロピー概念発展の共進化は、現在のベンチャー・フィランソロピーやインパクト投資の手法組織や主導人材が非営利・営利両セクターから参画している事からも引き続いているように思われる。日本では革新的なフィランソロピーを進めるにあたり、営利・非営利という相反ロジックを米国より効果的かつ柔軟に対応していると見られ、日本のフィランソロピー発展の将来に大きな期待を抱いている。

参考文献


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