お人好しは好かれるのか

大阪公立大学現代システム科学域 准教授
河村 悠太YUTA KAWAMURA

略歴
2019 年 3 月,京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。日本学術振興会特別研究員 DC1,日本学術振興会特別研究員 PD (神戸大学),大阪府立大学現代システム科学域准教授を経て,2022 年 4 月より現職。専門は社会心理学。主な著書として『利他行動の促進・抑制 評判への関心に基づく検討』(単著,ナカニシヤ出版,2022 年)。

1.人助けは一般的に肯定的に評価される

 お年寄りに電車の座席を譲るとか,道が分からなくて困っている人を案内するといった日常場面の援助から,災害時の寄付・ボランティアに至るまで,他者のための行動は私たちの社会のあらゆる場面で観察される。本稿では心理学およびその近接領域の基礎研究の知見をもとに,人助けに対して人々がどのような評価を行うのかについて整理し,実社会の問題にどのような示唆を与えうるかについて議論する。
 人助けを行う人は,一般的に他者から肯定的に評価されることが知られている。Hardy & Van Vugt (2006) は,公共財ゲームと呼ばれる実験課題を使ってそのことを示している。この研究では,8 人の参加者が 1 グループとなって,金銭のやり取りを行った。実験課題の詳細は割愛するが,参加者は自分の利益を犠牲にほかのメンバーの利益を増やすことができるような状況だった。実験の結果,よりほかのメンバーの利益のために行動した人ほど,その集団の中での地位を高く評価される傾向にあった。また,より現実場面に即した研究として,Bereczkei et al. (2007) では,慈善団体に支援を行った人はそうでない人に比べて周りから好意的に評価されていた。
 注意していただきたいこととして,これらの研究は,人助けをする人が他者からどう見られているか気にしている,あるいは好かれたくて人助けをしているといった見方を示しているものではなく,あくまで人助けの結果として周りから肯定的に評価されることを指摘 している。ただし,人助けが良い評価につながるということは,良い評価を受けることを目指して人助けを行うという動機も働きうるということである。人は誰にも見られていない ときよりも誰かから見られている場面の方がより他者のために振舞う (Bradley et al., 2018)。また,寄付をした人の名前をウェブサイト等で掲載するような試みは,実際の寄付を募る場面でも観察される。このように,人々は一般的に人助けをする人を肯定的に評価し,そのことは人助けを促す 1 つの要因にもなっている。

2.人助けが好ましく評価されないとき

 人助けをする人が周りから良い評価をされるという話を聞けば,「そんなことは当たり前じゃないか」と思われるかもしれない。しかし一方で別の研究は,人助けをする人が常に好かれるとは限らないことを指摘している。
 Parks & Stone (2010) は,Hardy & Van Vugt (2006) と似た実験課題を使って,自己利益を犠牲に他者の利益を増やそうとする人がどのように評価されるかを調べた。その結果として,極端に自己犠牲を省みず他者の利益を増やそうとする人はむしろ周りから好まれていなかった。
 Parks & Stone (2010) は参加者に対して,他者奉仕的な人を好まなかった理由を尋ね,人助けをする人が好まれない原因について 2 つの可能性を提案している。1 つは,自己利益を省みない極端な他者奉仕は,自他に公平に振舞うべきだという社会的規範から外れている から好かれないという説明である。もう 1 つとしては,極端に他者奉仕的な人の存在は,ほかの人の評価を相対的に毀損するからという解釈である。強引に具体例に落とし込むなら, 1 万円の寄付をしている人の中で 10 万円寄付した人がいると 1 万円の寄付が少ないかのように感じられるために高額の寄付者が好まれないという説明だといえる。Parks & Stone (2010) の実験は,極端な人助けを行う人が好まれないという話だったが,好かれないどころか周りから罰を受けるという研究すらある (例えばHerrmann et al., 2008)。善行が好かれないという結果はいささか直観に反するが,一方で高額の寄付が「偽善だ」と非難されるような状況を目にしたことはないだろうか。この実験はそのような現実場面を反映したものだと言える。

3.日本は人助けを好まない社会なのか

 善行が好まれないという現象は国や文化圏によって異なる可能性が指摘されている。例えばHerrmann et al. (2008) は,16 の国や地域でHardy & Van Vugt (2006) やParks & Stone (2010) と同じような実験課題を実施したところ,まったく集団のために尽くさないメンバーは文化によらず罰を受けやすい一方,極端に他者奉仕的な人物が罰を受けるという傾向は国によって大きくばらついていたことが報告されている。彼らの研究は日本のデータを含んでいなかったが,人助けを否定的に評価する傾向は特に日本で顕著かもしれない。Kawamura & Kusumi (2020) は,日本の参加者に対して他者のために振舞った人物に関するシナリオを呈示し,その人物の評価を依頼した。その人物の振舞いは 3 通りあり,具体的には,くじで手に入れた 10,000 円を①ほかの当選者に全額分ける (全額分配),②ほかの当選者と 5,000 円ずつ平等に分ける (平等分配),③すべて自分のものにする (総取り) であった。明らかに全額を分ける人の方が平等に分ける人に比べて他者利益に貢献している。しかし, 全額を他人に分ける人物は,半分を分ける人物に比べて好意的に評価されていなかった。この背景には,日本ではほかの人の平均的なふるまいから外れた行動を取ることが肯定的に 評価されないことがあるかもしれない。Kawamura & Kusumi (2020) は追加実験で,日米の参加者を対象として同様の検討を行っており,その際参加者に平等分配・全額分配のそれぞれをどの程度一般的に人が取りやすい行動ととらえているかを尋ねている。すると,日本でもアメリカでも全額分配は平等分配に比べて一般的でない (規範から逸脱した) 行動として認識されていた。しかし,全額分配が平等分配ほど肯定的に評価されないという傾向は, 日本でのみ観察された (図 1)。

 日本で極端な人助けを示した研究は少なく,この研究のみから結論を下すことはできない。しかし,「出る杭は打たれる」ということわざにあるように,日本の人々は極端な善行を取る人物を好まないという示唆は,多くの人の直観にも合致するように思われる。